雨月語り

 



京都・あかねの家(現代ED後)


「あ~あ、雨が降るなんてサイアク……」

ベランダから降りしきる雨を眺めて、あかねはため息をついた。

本当なら今夜は、鷹通が下宿する詩紋の家を訪ねて、みんなでお月見をするはずだった。

しょんぼりと見下ろした家の前の道を、見覚えのある傘が通る。

あかねが身を乗り出すのと、鷹通が傘越しに上を見上げるのと、ほとんど同時だった。

「鷹通さん…?!」

「あかねさん」




「すみません、わざわざお団子届けてもらって」

「せっかく詩紋殿が作ってくださったものですから」

リビングでお茶を飲みながら、二人で月見団子を頬張る。

「こっちはお父さんとお母さんに残しておこうっと」

「来年は、皆さんとご一緒に月見をできるといいですね」

「う~ん、でも今日は鷹通さんと二人で過ごせたから、雨にも感謝しちゃいます」

照れて笑うあかねに、鷹通も「あかねさん」と頬を上気させる。

「そうですね。雲の向こうに隠れていてさえ、月は美しい光を心に届けてくれるようです」

「はい」

窓の外の雨音が、BGMのように部屋の中に響いていた。



* * *



京・紫姫の邸(ゲーム中)


「ご、ごめんなさい、せっかくみんなに集まってもらったのに」

必死で頭を下げる花梨を、八葉たちが口々に慰める。

「雨が降り出したのは神子殿のせいではございません」

「どうせ宴会になりゃ月なんて誰も見ないだろ」

青龍の二人の言葉に、朱雀の二人が大きくうなずく。

「気にするなよ、花梨! いいじゃねえか、珍しく八葉全員が集まっただけでも」

「そうですよ。花梨さんの笑顔のほうが、月の光よりも大切です」

彰紋の言葉に、花梨が頬を染めた。

「翡翠殿、どうやら彰紋さまにお株を奪われてしまったようですね」

「おや、それは内裏での用語かな? 別当殿」

「え……? いえ、失礼しました」

「彰紋さまには私もまったくの同感だからね。異論を差し挟むつもりはないよ」

白虎の二人が杯を片手に語り合っていると、泉水が笛を手にした。

「神子、よろしければ一曲、奏でさせていただいてよろしいでしょうか」

「問題ない」

「や、泰継殿、わたくしは神子にうかがって…」

「問題ない」

「私も問題ないです、泉水さん! ぜひ聞かせてください」

花梨の言葉に微笑むと、泉水は笛を唇にあて、雅な音色を響かせる。

雨音に重ねるように流れる優美な旋律。

雨夜の月見は、穏やかな宴へと姿を変えたのだった。


*「お株を奪う」は江戸時代起源の言葉のようです。
  しかし、9月の時点では帝側と院側八葉、こんなに仲よくないよな……(^_^;)



* * *



鎌倉・有川家(迷宮ED後)


「ちょっとこれはやりすぎじゃない? 譲くん」

「大人げねーぞ、譲」

「何言ってるんだ。
毎年毎年、月見団子の黄色いのをどっちが食べるかで先輩と兄さんがバトルするのが悪いんだろ」

「だからって全部黄色いお団子にすることないよ~!」

「真っ黄色じゃねえか。これじゃ、冷麦を色のついたのだけで作ったみたいだぞ」

「ああ、冷麦でもよくバトルするよな。じゃあ、来年からあっちも」

「譲くん、ごめんなさい! もうバトルしません! 
真っ赤な冷麦とか、緑一色の冷麦とか勘弁~!!」

「どんなサイケな冷麦だ、そりゃ。
まあ、今年は雨も降っちまったことだし、月が団子に降りてきたとでも思って食うか。
この真っ黄色の団子ズ」

「かぼちゃで色をつけてるから、おいしいと思うよ。
今年は外に出られないんだから、みんなで仲よく食べること」

「「は~い」」

「あ、そういえば白い団子一つだけ作ったんだった」

「「それは私が!!/俺が食う!!」」

「……まったく、大人げないのはどっちだよ」



* * *



橿原・王の私室(大団円後)


「……千尋? 明かりもつけずにどうした?」

「お帰りなさい、忍人さん。雨、降っちゃいましたね」

「今日は一日降ったりやんだりしていたからな。何か都合が悪いことでもあるのか?」

「即位式の後、初めて迎える中秋の名月だから、見たかったな~と思って」

「……確か、君の世界ではこの日を祝うと言っていたな」

「お祝いはともかく、とってもきれいな満月ですから。忍人さんと見たかったんです」

「……目を閉じればいい」

「え?」

「俺は、天鳥船で君と共に見た満月を覚えている。君はどうだ?」

「……覚えて……います」

「ならば目を閉じて思い出せばいいだろう」

「…………」

「どうした?」

「……その……月よりもそのときの忍人さんの顔のほうを覚えているから……
そっか私、月はロクに見てなかったのかも……」

「…………」

「忍人さん?」

「どうやらお互い、あまり月は必要なかったようだな」

「ええっ? 忍人さんもですか?!」

「不覚ながら」




顔を見合わせて笑うと、部屋に明かりを灯す。

中秋の名月が雨に隠れたとしても、傍らに輝く満月さえあれば。

二人を包む静かな雨音が、橿原に秋の訪れを告げていた。



* * *


たとえ無粋な雨が月を隠しても
共にいる人の笑顔が輝いているのなら、
それは最高の名月の夜








 

 
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