新熊野権現(和歌山県田辺市)
熊野に向かった望美ちゃんたち一行が、最初に立ち寄るのが田辺の地。
このときゲーム画面の背景になっているのが、この闘鶏神社の境内です。
一周目で、ヒノエくんと初めて対面するのもこの場所でしたね。
木の上に隠れているのを譲くんが見つけて 「そこの木の上にいる奴! 何者だ!」 と怒鳴りつけるシーンがありました。
その後、まったく悪びれずに望美ちゃんの手の甲にキスするヒノエくん。
多分すぐそばで、譲くんは頭から火を噴いて怒っていたと思います(笑)。
18代熊野別当・湛快さんのころには、新熊野権現(いまくまのごんげん)と 呼ばれていました。
この神社には熊野三山の御祭神がすべて勧請されているため、 三山を巡らなくても同じ御利益があると考えられていたとか。
闘鶏神社の名は、源平合戦の前にどちらに味方するか悩んだ 当時の熊野別当・湛増が、社殿の前で闘鶏を行って神慮を占ったという 逸話に由来します。
上の石像は、闘鶏をする湛増と、それを見守る弁慶。
10羽の鶏を紅白に分け、紅を平家、白を源氏に見立てて争わせたと言われますが、結果については「白い鶏を見て赤い鶏が逃げ出した」とか、「白い鶏が全勝した」とかさまざまな伝えられ方をしています。
吉川英治著『新・平家物語』ではさらにひねりの入った内容になっているので、興味のある方はぜひ読んでみてください。
ちなみに神社の伝承では、湛快の子が湛増、湛増の子が弁慶 となっていますのでご注意。!
叔父と甥どころか、親子(しかも弁慶さんのほうが子供)って、すごい違いですよね。
闘鶏神社の由来(左上)。7月24、25日にお祭りがあるようですね。
社務所には湛増の鉄烏帽子や鉄扇、弁慶の産湯の釜、源義経の笛などが展示されているとのことです。
訪問したときは時間がなくて見られなかったのですが、南紀白浜の足湯横町に行ったらこんな(右上)場所が。
こちらは「足湯」ならぬ「手湯」なのだそうです。
すべて無料で利用できるので、弁慶さんファンの方は行ってみてはいかが?