雨降る七夕には

 



「雨、なかなかやみませんね」

窓ガラスを打つ雨音に幸鷹が目を向けると、向かいに座る花梨が残念そうに言った。

「おや、傘は持っていると思いましたが?」

このカフェに入る際、彼女が傘をたたむのを幸鷹は見ていた。

「あ、持ってます、持ってます! でも、明日が……」

花梨の言葉に片眉を上げてしばし沈黙する。

「……まさか、七夕…ですか?」

途端に花梨は頬を染めた。

「こ、子どもっぽいと思うけど、やっぱり織姫と彦星にはちゃんと会ってほしいじゃないですか!」

「子どもっぽいなどとは思いませんよ。あちらでは宮中行事も行われていましたし」

幸鷹に穏やかに微笑まれて、花梨の頬は別の意味で赤くなる。




バッグからスマートフォンを取り出すと、

「予報では終日曇りのようですね」

と、画面を花梨に見せた。

「曇りかあ。やっぱりそれじゃ、会えないですよね」

肩を落として嘆息する花梨に、幸鷹はクスリと笑う。

「幸鷹さん、やっぱり…!」

「物理学者というのはロマンを解さないのかもしれませんが、
遙か天空の天の川を渡るのに、地上の天気などは関係なく思えてしまうのです。
…むしろ……」

おもむろにテーブルの上のメニューを手に取る。

「?」




不思議そうに顔を近づけてくる花梨に、メニューのかげでささやきかけた。

「年に一度の逢瀬を覗き見しようとする不心得者たちを、
厚い雲がこうしてさえぎっていると考えてはどうでしょう?」

「! な、なるほど」

「ですからあなたが暗い顔をする必要はありませんよ」

「…幸鷹さん!」

うれしそうに微笑んだ花梨の唇に、羽のような口付けを落とす。

「!?」

「残念ながらこの程度の雲では、これが精一杯ですが」

そう言うと、幸鷹はメニューをテーブルのスタンドに戻した。




「ゆ、ゆ、ゆ!」

「だからきっと、この雨は天からの贈り物なのでしょう」

涼しい顔でもう一度窓の外に視線を投げる幸鷹に、花梨は真っ赤な頬で抗議する。

「そ、そんな風に言われたら、これから晴れた七夕の夜に空を見られません!」

「大丈夫。どれだけ見つめてもアルタイルとヴェガはキスしません」

「もうっ!!」

「だからあなたは、いつでも笑っていてください。
七夕が晴れようと、曇ろうと、土砂降りになろうと」

「…っ!」




正面に向き直った幸鷹の優しい瞳に、花梨は言葉を失ってしまう。

まったく。

この頭脳明晰な恋人には、どうしたってかなわない。

「……わかりました」

「よかった」

少し膨れっ面の花梨を、幸鷹は目を細めて見つめた。




しとしとと窓の外で、雨は降り続けている。

目の前の恋人が、実は頭をフル回転させて「明日がどんな天気でも彼女が落ち込まない方法」を考えていたなどとはまったく気づかずに、花梨は次の話題へと軽やかに移っていった。




 

 
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