ただひとつの願い ( 5 / 5 )
白い……
何もない広い空間。
そこに再びいることに気づいて戦慄した。
ただ、以前とは違って、背中に、てのひらに、温かさを感じる。
私を守り、離すまいとする譲くんの温もりを。
この温かさがある限り、また京に戻れる。
そう信じたかった。
「……神子……」
聞き慣れた……でも、以前とはまったく表情の違う声。
途端に絶望が襲いかかり、涙がこみあげる。
そう、私は彼と約束したのだ。
この身を捧げる代わりに、譲くんを、京を守ってほしいと。
約束は守られた。
果たしていないのは私。
譲くんのもとに帰ることはできないのだ。
止めどなく涙が流れる。
諦めたはずなのに。
納得したはずなのに。
「……神子……」
白い霧の中から、白龍が人の姿で歩み出てきた。
私はその場にくずおれて、肩を震わせて泣いた。
胸が引きちぎられるように痛い。
「……泣かないで、私の神子……」
白龍が肩に手を置く。
もう人ではないはずなのに、不思議と温かい。
「ご…ごめんなさい。私、私、約束が守れなくて」
しゃくりあげながら私は言った。
「1日だけでも、帰してくれてありがとう。譲くんに会えてうれしかった。私、私、もうこれ以上は望んじゃ駄目だよね。諦めるから。もう十分だから」
「……神子、あなたは本当のことを言っていない」
白龍の声が聞こえた。
何も答えられず、涙があとからあとからあふれ出す。
白龍は、黙ってそれを見ている。
やがて、静かな声が響いた。
「…神子、あのときのあなたの祈りは心からのものだった。だから私はそれを叶えた。今、あなたの願いは何? 言の葉にして聞かせてほしい」
「………………?…」
私は思わず顔を上げた。
穏やかな表情で、白龍がこちらを見ている。
意味がわからなかった。
「……願い……? だって……私はもう、白龍に身を捧げたんだよ?」
「そう。あのとき、神子は真にそれを望み、その祈りが私に力を与えた。今、京は平和だ。私の力も戻った。今なら……」
白龍が、柔らかく微笑んだ。少しはにかんだ、あの笑顔で。
「神子の新たな願いを、叶えられるよ」
「白龍…!」
私は広い胸の中に飛び込んでいた。
白龍が私の髪を撫でながらささやく。
「…神子……。とても辛い思いをさせてごめんなさい。たくさん泣かせてごめんなさい。今なら私はあなたの願いを叶えられる。長いこと待たせてしまったけれど」
「白龍…! 本当にいいの? 私はまだ……何かを望んでもいいの?!」
白龍は微笑みながらうなずいた。
「さあ、神子。言の葉にして……」
* * *
小鳥の声。
射し込んでくる青白い早朝の光。
心地よいぬくもりの中で、私は目覚めた。
隣では、譲くんが穏やかな寝息を立てている。
背中から包み込むように手を回し、片手を握ってくれている。
あの白い空間で、私をずっと支えてくれた温かさ。
そっと身体の向きを変えて、寝顔を見つめる。
「…私の願いは……」
昨夜、白龍に伝えた言葉をもう一度口に出す。
「……大好きな譲くんのそばにいること……」
「…う…ん…」
譲くんが身じろいだ。
眠りを妨げないよう、声を落とす。
「……一緒に……生きていくこと…」
握られた手に、力が少しこもる。
長い睫毛がかすかに動いた。
「譲くんを幸せに……すること…」
瞼がゆっくりと開いて、きれいな瞳が見えた。
幸福な笑顔が広がる。
「……よかった……あなたがちゃんといてくれて……」
(願いを…叶えるよ…)
もう一度、白龍の声が聞こえたような気がした。
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