Subject: Happy Birthday

 



From: 有川 譲

お誕生日おめでとうございます。

誰よりも早く言いたくて、まだ前日の夜だというのに、このメールを書いています。

考えてみると、物心がつく前からあなたの誕生日は祝ってきたわけですが……やっぱりその…あなたが俺と……つきあうようになってから迎える誕生日は、これまでとまるで違うもののように思えます。

と言っても、相変わらず家族そろってのパーティーで祝うことになりますけどね。

いつか二人きりで祝うのもいいかな…と思いますが、あなたはきっとにぎやかなほうが好きでしょうから。




今年のプレゼント、あなたは気に入ってくれるでしょうか。

たとえどんな物であっても、あなたが最上の笑顔を見せてくれるのはわかっているんですが、やはり少し不安です。

ああ、そういえば祖母が、俺がまだ小学校に入る前にこう言っていました。

「プレゼントは、もらうよりもあげるほうが倍うれしいのよ」




当時は、誕生日とクリスマスだけでは間に合わないくらい欲しい物がたくさんある年頃でしたから、

「そんなわけないよ。もらうほうが絶対いいよ」

と言い返したのを覚えています。

でも、今になって祖母の言葉は正しかったと思うんです。




あなたに贈る物を考えている時間、店を回ったり、自分で作ったりしている時間、そのすべてがとても充実していて、うれしくて、実際に渡す前に一人でこんなに楽しんでしまっていいのだろうかと、少しやましい気持ちになるくらいですから。

自分の一番大切な人に、思いをこめたプレゼントを渡せるというのは、本当に幸せなことですね。

すみません、勝手に盛り上がってしまって……。




あなたの誕生日が6月にあるせいか、俺は今まで、梅雨をうっとうしく思ったことがありません。

紫陽花がひと雨ごとに彩りを濃くして、花菖蒲や夏椿も花開き始めて……。

春と夏をつなぐこの瑞々しい季節は、あなたにとても似合っています。

だから



* * *



「はあ……ダメだな。こんな痛い文面、とっても送れない……」

譲はパソコンの画面を前に頭を抱えた。

面と向かってはとても言えないから文字につづってみたものの、想いが強すぎるせいか内容がとっちらかってしまう。

「もっとシンプルに『おめでとう』の気持ちだけ伝えるほうがいいな」

文書を削るため、トラックパッドに指を滑らせようとした瞬間、譲の部屋のドアが突然開いた。




「おい、譲! おふくろが呼んでるぞ」

「兄さん! ノックしろっていつも言ってるだろ?!」

「へいへい」

コンコン

「開けてからノックしてどうするんだよ!」




弟がプリプリ怒りながら出て行くのを見送った後、将臣は机の上のパソコンに目をやった。

表示されているのはパスワードの入力を求める画面。

「なんだ、あいつ? イケナイ動画でも見てたのか?」

鍵がかかっていたら、開けてみたくなるのが人情というもの。

将臣は指をポキッと鳴らすと、「お兄様を甘く見るなよ~」とキーボードに手を置いた。



* * *



「あれ? まだいたのか?」

母の用事を済ませ、二階に戻った譲は自分の部屋から出てきた将臣に驚く。

「ん、まあな。おまえさ、せめてアナグラムくらい使えよ」

「え?」

はっと気づいた譲がパソコンに目をやると、パスワードが解除された画面が映し出されていた。

「兄さ…?!」

「どうせあいつの名前と誕生日の組み合わせだろうと思ったら、一発で当たったんで逆に驚いたぜ」

「いったいどうして…!!」

「あ、メール送ってからメーラー閉じといたからな」

「なっ?!?!?????」

「どうせ推敲しまくって1行か2行にする気だったんだろ? ああいうのは勢いで書いて勢いで送ればいいんだよ」

「余計なお世話だっ!!!」



家中に響き渡った譲の怒号は、メールを開いて真っ赤になっていた隣の幼なじみの耳にも入ったという。





 

 
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