盛春逍遥 ( 1 / 2 )

 














「……何だと」

「我が君……」

「は、破廉恥な……!」

「おかしな真似はされていないんだろうな?! 龍の姫!!」

「いや、そんなことをするようなら、俺が止めていますから」

「じゃあ、あんたはわかってたってこと?」

「風早〜!! お前どういうつもりで姫さんのそばに置いておいたんだよ〜!!」

「「「「「「「男の夕霧を!!!」」」」」」





橿原宮を奪還し、禍日神との戦いを終えた後、楼台でなされた千尋の告白に男たちは騒然となった。

国見峠からこちら、戦が終わるまで千尋の最もそばにいた夕霧が、実は「男」だったというのだ。

忍人、柊、布都彦、アシュヴィン、那岐、サザキに責め立てられて、風早は内心で冷や汗を流す。

初対面から見抜いていたなどと言えば正体がバレかねないし、「実害」は特になかったのだし……。




(……ワギモは知らなかった…のか?)

もう一人、初対面から見抜いていたらしい遠夜が千尋に心で話しかけた。

「あ、うん。夕霧が自分で言うまで、完全に……同性だと思ってた」

「あ〜、我が君! 何と言うことを!! ではあの男の前で、その雪のごとく真白き柔肌をさらされたと…!?」

ゴツンと大きな音がして、次の瞬間、柊が床に倒れていた。

忍人とアシュヴィンに同時に殴られたのでは彼もたまらない。




「そうなのか? 千尋! 隠す必要などない! 正直に言え!」

「あ、アシュヴィン殿、ひ、姫にそのようなし、し、失礼な問いを…!!」

顔の上でジュージューと肉が焼けそうなくらいに真っ赤になった布都彦が、アシュヴィンに食ってかかる。

「うわ〜、オレ、ちょっと頭を冷やすためにその辺飛んでくる〜!! あ、あの別嬪さんが男で、オレの姫さんの全部を見たなんて〜!!」

「サザキ! 私、そんなこと言ってない!」

「だったら布都彦も一緒に連れてってよ。このままじゃそのうち溶ける」

那岐の面倒くさそうなアドバイスに従って、サザキはオーバーヒートした布都彦をバッサバッサと連行した。

動揺のあまり、「ヤローを連れて飛ばない」ポリシーのほうは忘れてしまったらしい。




いろいろな意味でうるさい人間が消え、真っ赤になった千尋の前に、忍人、アシュヴィン、那岐、風早、遠夜が残った。

「……それで、奴の狙いは何だ? 諜報活動ということでいいのか?」

忍人の言葉を聞いて、アシュヴィンは片眉を上げる。

「なんだ、葛城将軍はずいぶんと冷静だな。愛しき姫のことより、まずは国の安泰か?」

「ちょっと、面倒だからあんまり刺激しないでよ」

忍人の身も凍るような冷たい視線を見て、那岐がうんざりしたように言った。




「わかった。少なくとも彼女……いや、彼が常世の手のものではないことは俺が保証しよう。うちにあんな人材はいなかった」

「では、常世以外の国が、あれほど早期から我々を探っていたということか?」

「どうなのさ、風早。ある程度のことは調べてあるんだろ?」

アシュヴィン、忍人、那岐の険呑トリオに睨まれて、風早は苦笑を浮かべる。

「俺も確かなことはわからないですが、多分大陸から来たんじゃないかと」

「「「大陸?!」」」

「……大陸って……中国とか?」

一緒になって驚いた千尋が、風早に尋ねた。

「まあ、俺たちがいた世界で言うと、そうなりますね」

「やっぱりこっちにもちゃんとあったのね! サザキが喜びそう」

「……今は夕霧を絞め殺したい気分だろうけどね」

那岐の冷やかな突っ込みで、全員が問題の在り処を思い出す。




「姫、先ほども聞いたが、奴におかしな真似はされていないんだろうな?」

アシュヴィンのストレートな問いに、千尋は再び頬を染めた。

「だから、着替えを手伝うくらいはしてもらったけど、せいぜい下着姿だし」

「下着…?!」

床から叫んだ柊に、ゴツンともう一度鉄槌が下る。

「あとは、女の子同士だと思ってたから、ときどき抱きついたり……でも、それ以上のことは何もありません!」

「……そうか。わかった。……ならば後は、奴がどんな情報を掴んだか、だな」

ようやく緊張を解いて、アシュヴィンがつぶやいた。




その後、復活した柊を交えてさまざまな考察がなされた。

侵略の可能性、現在までの大陸との交流の歴史、国交を結ぶメリットとデメリット。

社会科教師であった風早が、大陸との位置関係や航海技術のレベルから、今回の「接触」は侵略の前触れでなく、友好的なものだろうと結論づけた。

何せ本人が、わざわざ自らの正体を告白して姿を消している。

さらに活発な質疑が交わされ、全員が一応、その説を納得した。

結局、夕霧からの再度の接触を待つということで、突発的な会議は終わりを告げた。




三々五々に楼台から引き上げた後……




「二ノ姫」

自室のそばで忍人に呼びとめられて、千尋は文字通り飛び上がる。

おそるおそる振り返ると、眉間に皺を刻んだ将軍が腕を組んで立っていた。

「……はい?」

「君は俺に何か言いたいことがあるのか?」

「え?! ど、どうしてですか?!」

周辺に人気はなく、二人の声が通路に響く。




「先ほどから、俺のほうをちらちらと見ては俯いていただろう? あれはどういう意味だ」

「き、気のせいです! 気にしないでください!」

「気になるから聞いているんだ。夕霧のことで何かあったのか?」

カーッと赤くなった千尋の顔が、答えを雄弁に語っていた。

「……部屋で話したほうがいいようだな。邪魔する」

「え…?!」

先に立って部屋に向かう忍人を、千尋はあわてて追いかけた。




「す、すみません、ちょっと散らかっちゃって」

頬を染めながらあれこれ片付ける横で、相変わらず腕を組んだまま虎狼将軍は「尋問」を続ける。

「……それで? 何があったんだ」

「…………」

「時間の浪費は避けたい。単刀直入に頼む」

「!………」

しぶしぶ持っていたものを置くと、忍人の正面に千尋は立った。

ただし顔は俯いたまま。

「本当に何でもないんです。ただ……」

「ただ?」

「み、みんなが見られたとか下着とか騒ぐからあの時のことを思い出してものすごく恥ずかしくなっちゃって」

「……あの時?」

「…………お、忍人さんと初めて会ったときのことです…!」

それだけ言うと、千尋はたまらず寝台の天蓋の布に顔を隠した。




「…………。滝か?」

布の向こうで、千尋はブンブンと大きく頷く。

「あれは君の無警戒ぶりを戒めただけだ。姫だと知っていれば倍は説教した」

「わかってます! 夕霧も、忍人さんは誰を見ても、敵か味方か、戦闘能力はどのくらいか、ぐらいしか考えないって」

「なぜ夕霧が出てくる?」

「だって、女の子だと思ってたから! ほかに相談する相手もいないし!」

「相談? 何を?」

「!!……」

しばらくためらった後、千尋が口を開く。

「…………私……女として認識されてないよね……って……」

「……?」

「それが悲しいって、……相談したんです……」

「……!」

「……ごめんなさい……」

今度は忍人が黙り込んだ。



沈黙の時間が流れる。

やがて、誰に言うでもなく、千尋がぽつりとつぶやいた。

「……あれはきっと……やさしい嘘だったのね……」

「……嘘?」

こくりと布の向こうでうなずく。

「……夕霧が、言ったんです。……
そのときは本当に認識していなかったかもしれないけど、千尋ちゃんをよく知るようになった今では違うって。
きっとときどき、一人で思い出しては赤くなってるよって……。
もっとちゃんと見ておくんだったな〜とか思ってるって。
忍人さんだって男なんだから絶対そうだって。
ゆ、夕霧があんまり自信たっぷりに言うから、私ついつい信じちゃって。
本当にごめんなさい! 忍人さんがそんなこと考えるわけないのに。
でも、それで少し慰められたから私今まで……? 
……あ? あれ…?」

顔を上げると、忍人の姿はすでになかった。

真っ赤だった顔から、ざーっと音を立てて血が引く。

「あ〜っ! 私のバカ! ますます呆れられちゃった!! もう夕霧の嘘つき〜!!」

ポカポカと自分の頭を叩きながら寝台に座り込み、千尋は自己嫌悪に涙した。




まさか自分が言った言葉がいちいち図星を突いていたため、いたたまれなくなった忍人が逃げ出したのだとは知る由もなく……。

こうして、「夕霧を絞め殺したい気分」の人間は、さらに増えたのだった。