流星群の夜
「うわあ、きれい!! もしかして、ちょうど見ごろなのかな?」
「そうですね。兄さんの誕生日のころに、いつも見えたから」
望美ははしゃぎながら、空がもっと広く見える海岸へと急いだ。
「先輩、足元に気を付けてください!」
後ろを心配そうに追いかけるのは譲。
熊野の降るような星空を、輝く光の点が痕を残しながら流れていく。
空気が澄んでいるせいか、驚くほどの頻度で光の筋が目に入った。
「……ペルセウス座流星群……だったか」
少し遅れて歩いてきた将臣が、低い声で呟く。
「兄さん、やっと覚えたのか! 何回教えてもすぐ忘れたくせに」
譲の言葉に将臣は片眉を上げた。
「さあな。睡眠学習みたいなもんか? お前がしつこいから知らない間にインプットされたんだろ」
「しつこいって」
「まあまあ、譲くん。将臣くんも、少し黙って流れ星を見ようよ」
望美に取りなされて三人で砂浜に足を踏み入れる。
無言で見上げた空は、奥行きを感じさせない漆黒。
そこに無数の星がちりばめられている。
あの日。
六波羅で見上げた空に流れる星を見たとき、不意に譲の声が蘇ったのだ。
(ペルセウス座流星群だよ。毎年この時期に見てるだろ)
将臣はそっと目を閉じた。
たった一人で異世界に放り出されて、毎日生きるのに必死で、空を見上げることなどほとんどなかったあのころ。
久々に目に入った夜空はただただ暗く、黒く、のしかかるように不気味だった。
すぐに視線をそらそうとして、すっと横切る光に気づいた。
「……流れ星…?」
確かめるように声に出す。
また一筋。
続いて、二筋。
(やっぱり三回願い事をつぶやくなんて無理だよ~)
(簡単だろ。「金、金、金」って)
(もう! 将臣くんの願い事はロマンなさすぎ!)
(じゃあ、先輩は何てお祈りしてたんですか?)
(え? 「テストのヤマ勘当たりますようにって」)
(長っ!! そりゃお前、ハレー彗星とかじゃなきゃ無理だろ)
他愛ない会話で笑っていた夜。
誕生パーティの後、見上げた空を流れ星が彩っていた。
あれからもう一年。
いや、まだ一年。
これからはずっと一人きりで、流星の雨を見なければならないのだろうか。
来る年も来る年も。
「……譲……望美……」
願ってはいけないことなのに。
あの二人がこの世界にいないことは、喜ぶべきことなのに。
身体の芯を貫くような孤独が将臣を襲う。
(まったく、兄さんは毎年教えても忘れちゃうんだから。これはペルセウス座流星群だよ。毎年この時期に見てるだろ)
「……ペル…セウス…」
自分がその名をやっと覚えたと、譲に告げることすらできない。
永遠に。
そう思っていた。
この熊野に来るまでは。
「これだけたくさん流れても、やっぱり三回はつぶやけないな~」
望美が突然口を開いた。
珍しく黙っていると思ったら、どうやら必死で願いをかけていたらしい。
「なんだお前、まさかまた『ヤマ勘が当たるように』じゃねえだろうな」
「ど、どうして将臣くんはそんなことばっかり覚えているのよ?!」
頬を膨らませた望美が、ポカポカ叩いてくる。
どうしてって、それはこの三年、何度も反芻した思い出だからに決まっているだろう。
そう口には出さずに、将臣は望美の両手を片手で受け止めた。
「じゃあ、何を願ったんだ? 言ってみろよ」
「! そんなの……決まってるじゃない!」
突然、望美は将臣と譲の手をギュッと握る。
「『三人で元の世界に帰れますように』だよ! ほかに願うことなんてないでしょ?」
「長い。やっぱハレー彗星いるわ」
「もうっ!!」
「先輩…」
ぷんぷん怒っている望美を、譲がなだめた。
そう、三人はいつでもこうだった。
二人がもめるとあとの一人がなだめ役に回る。
打ち合わせも何もなく、自然に生まれた役割分担。
それさえも胸を締め付けられるほどに懐かしい。
「望美」
「何?」
「その願い事じゃ埒が明かねえから、『帰れますように』だけ繰り返しておけ」
「え? でも」
「それだけだって三回は難しいだろ? 夜明けまで粘っても成功するかどうか」
「す、するよ! 絶対!」
望美は浜辺を走って少し距離を置くと、星を見ながらぶつぶつ唱え出した。
「あ~あ、あの調子じゃ、やっぱり完徹コースか」
「……兄さん」
妙に真剣な声音に、将臣は振り向く。
譲が、探るような目でこちらを見ていた。
「なんだ?」
「兄さんは……まさか……」
「ん?」
どうしてあれだけのやりとりで気づく?
この弟の勘のよさを、将臣は失念していた。
「……まさか、先輩だけでも帰そ…」
「あ~っ!! わかった!!」
譲の言葉は望美の大声でさえぎられた。
「……先輩?」
パタパタと砂浜を走って戻ってきて、将臣と譲の手を再び握る。
「こうやって願いをかければいいんだよ! そうすれば『三人で』って言わなくても通じるでしょ?」
「……お前、まだあきらめてなかったのか」
「当たり前! 絶対に一緒に戻るの。だからここは省略できないの!」
澄んだまっすぐな瞳。
その真剣な想いが、なぜか鼻の奥をツンと刺激する。
少し目を細めて、将臣はため息とともに言葉を吐き出した。
「……変わらないな。お前は」
「当たりま……あっ!! 今の大きかった!! さ、みんなで一緒に願おう! 『帰れますように』って三回!」
すっかり主導権を握った望美が、譲と将臣を自分の両脇に立たせる。
「はい」
「仕方ねえなあ…」
しっかりと手をつなぎ、三人は満天の星を見上げた。
遙か頭上を横切り、消えていく無数の光の矢。
その儚い輝きにすべての願いをこめて。
(三人で一緒に帰れますように)
(先輩と兄さんは帰れますように)
(俺以外は帰れますように)
たとえ心に抱く想いは、それぞれ異なるとしても……。
|