あなたのさらさらの髪の毛が好き。

陽だまりのように穏やかで優しい笑顔が好き。

少し他人より淡く思える澄んだ瞳の色が好き。

横に立った時に見上げる角度が好き。

広い肩幅が好き。

頼れる後ろ姿が好き。

いつもあたたかく迎えてくれる

弓を持つ左手が好き。

その左より少し逞しい右腕が好き。

汗のにおいも好き。

制服を着た譲くんが好き。

胴着を着た譲くんが好き。

私服の譲くんも好き。

魔法のように美味しいものを作り出してくれる器用な長い指が好き。

目を閉じればわかる長いまつげが好き。

少し低めの落ち着いた甘い声が好き。

その声を紡ぐ形のいい唇も好き。




全部、全部好き……

好きすぎて、どうしていいかわからないよぅ……譲くん……。




セカンド・
  
〜草食系な彼、肉食系な彼女〜





「将臣くんいる〜?」

 望美は隣のクラスを覗いて、きょろきょろとあたりを見回した。

「おい、将臣、彼女がお呼びだぜ?」

 机に座って、友達と話しをしていた将臣は、その中の一人ににやにやされながら肘で小突かれた。

 そんな友の肩を、将臣はバンバンっと叩いて返す。

「馬鹿言ってんじゃ、ねぇよ。あいつはただの幼馴染で、弟の彼女」

「いつもお前そーゆーけど、お前の弟といる時よりお前といる時の方がいい感じじゃん。案外脈ありじゃねぇの?」

「しょ〜もないこと言うなよ、あんながさつでつぇぇ女は好みじゃないって言うの」

 そう言うと、将臣は友達の輪を抜けて教室の入り口まで行った。

「お前なぁ、そ〜ほいほい人のクラス来んなよな」

 と、望美のおでこを拳で小突く。

 あいたぁ!と、おでこを両手で押さえる彼女を、ため息をつきながら見下ろす。

 こいつが相手じゃ、譲も苦労してんだろうなぁ〜と。

「も〜、将臣くん乱暴なんだからっ! やめてよね!」

「はいはい……で? 用はなんだよ?」

 仕返しパンチを受け流しながらそう尋ねると、望美があっと思いだした用に言った。

「英語の辞書、貸して欲しいんだけど……今日、うっかり忘れてきちゃって……」

「うっかりぃ? お前、昨日もそんなこと言って教科書借りに来たじゃねぇか」

 しょうがねぇなぁとばかりに肩をすくめる将臣に向かって、望美は口をとがらせた。

「だって英語の予習してると、つい入れ忘れちゃうんだもん……」

「はいはい、わかったわかった……が、残念! 俺の辞書、さっきの時間の前に譲が借りに来て持ってたんだよな」

「え……譲くんが?」

「珍しいだろ? あいつが忘れ物するなんてさ」

「うん……」

「ってわけで、譲んとこ借りに行ってくれ。てか、お前さぁ、最初っから譲んとこ行けよな……」

「え!?」

 望美は素っ頓狂な声で驚いて、それから視線を落とした。

「だって……忘れ物したって知られるの、恥ずかしいじゃない? それに、年下の譲くんに迷惑かけちゃうとか……嫌だし」

 うつむいて頬を少し染める望美は、恋する女の子の表情でそれは可愛らしかった。

 めったに見られない彼女の表情に、将臣は役得なような当てつけられてるような、複雑な気分になる。ガシガシと自分の頭を掻いて、眉をひそめた。

「お前、それって俺になら迷惑かけていいってことかよ?」

「ん? だって、将臣くんだって私に借りに来ることあるじゃない。お互い様だよ。でも譲くんはそんなことないもん……私ばっかり頼るなんてできないよ……でなくても私の方が先輩ってだけで、いろいろ気を遣わせてる気がするのに……」

 両手の指を合わせていじりながら、ちょっと困ったような表情をする望美。

 お前、その顔は譲に見せろよな!と将臣が心の中でつっこまずにはいられない可愛らしさがあった。

 だいたい、譲がいろいろしてるのは望美が先輩だからではないのは他人の目には明らかなので苦笑するしかない。

 それでもコイツも自分が譲にいろいろ世話になってる自覚はあるんだなぁと将臣が変な関心をしていると、

「すまん、有川……お楽しみ中にお邪魔して悪いが……」

 にやにやと、級友が寄ってきた。

 将臣は、は〜〜またかよ!と思いながら、その友に言う。

「だからよ、何度も言ってるけどこいつは弟の彼女。お楽しみなんかじゃねぇってんだよ……」

 が、彼ははいはいと口では言うものの、にやにやしたまま将臣に辞書を差し出した。

 こいつ信じてねぇな!? と思いつつも、口には出さずにそれを受け取る。

「あれ? これ俺の辞書じゃねぇか」

「ああ、さっきお前の弟が持って来てさ、渡してくれっつ〜からさ……」

「あいつ、なんで直接もってこねぇんだよ?」

「ん? 何でも次の時間体育だから急いでるんだと」

「そっか……サンキュ…」

 その友達は、ひらひらと片手を振ってその場を去った。

 将臣は望美の方を向き直って、辞書を差し出す。

「ほらよ……残念だったな、譲に会いそびれて……しかし譲のヤツも声くらいかけりゃいいのに。この状況を見て変な誤解してないといいけどな……」

「え? 変な誤解?」

「や……その、ウチのクラスのやつらがよ…俺とお前の仲を勘繰っててさ……」

「勘繰る?」

 望美は、何のことか一瞬まったくわからなかったようだ。しばし間をおいて、やっとあはははと大口を開けて笑いだした。

「私と将臣くんのことを? って、絶対ありえないよねぇ!!」

 バシバシと遠慮なく肩を叩かれて、将臣は何気に凹む。

 が、望美はまったくそれには気付かない。

気付かないどころか、さっと将臣から辞書を受け取るとすぐに帰るそぶりを見せた。

「ありがとう、将臣くん、辞書借りて行くね」

「おお……」

「こうしちゃいられない、早く帰らないと」

「お前、用件済んだらそっけないなぁ〜」

「だって次の時間、譲くん体育なんでしょ? 私の今の席って窓際だから、グラウンドがよく見えるのよね……譲くんが出てくる前に席に戻りたいじゃない」

「あの真面目な譲が、授業中にお前を見てるとも思わないけどな」

「いいの、私が譲くんを見てたいんだから!!」

 きっぱりと言い切る望美を見て、将臣は何だか一気に馬鹿らしくなる。

「はいはい、わかったわかった、とっとと戻れよ」

「うん」

 絶対後ろにハートマーク、それも自分宛でないのがついてそうな彼女の返事を聞いて、将臣はちょっと意地悪な気持ちになる。

「あ、今日はもう英語終わったから、辞書は家で返してくれよな」

「え〜〜!? それって私に持って帰れってこと? 辞書重いのに……私のこと、宅配便くらいに思ってるでしょ!」

「お前こそ、俺のことていのいいレンタル屋だとでも思ってんじゃねぇの?」

 将臣は、ハッ!と短く笑う。

 それから、望美の肩を軽く押した。

「はいはい、帰った帰った。もうすぐチャイムなるぞ。譲待機するんじゃねぇのかよ?」

「あ、そうだった!! 将臣くんなんかとしゃべってる場合じゃなかった! じゃあね!」

 スキップしながら駆け出す幼馴染を見送る将臣は、小さく「そりゃあんまりじゃねぇの?」と呟いた。

 そして弟の苦労を思って、肩を竦めるしかなかった。