砂糖蜜な二人 9 (1 / 2)

 



 熊野から京へ戻ってからは、怒涛の日々だった。

 いきなり壇ノ浦での決戦になり、え!?福原は!?と突っ込みを入れる暇もなく移動。

 平家の主だった者たちが彦島に集まり始めていると聞いて首を傾げた。

 後で知ったのだが、平家が和議を申し込もうと動いていたが、院に断られ、熊野の協力も得られなかったから、南へ逃れる決意をしたらしい。

 初めからそのつもりだったのか、平家の移動は早かった。

 そのため、平家を追って、すぐに壇ノ浦へ行くことになったのだ。

 史実と違う内容に、譲は戸惑いながらも、ここは異世界なのだと強く感じ、その分安堵もした。

 違うと、信じていたのに。

 いや、確かに史実とは大幅に違ったのだけれど、一番外れて欲しい部分が一致してしまったのだ。




 彦島の船で知盛と対峙した時、譲は思わず叫んだ。

「チモさん!? 何故あなたがここに!?」

「は? ちも??」

 弁慶をはじめ知盛を知る者が目を瞬かせた。

「かかって…こいよ」

「どういうことです!? チモさん!」

「譲、その呼び方やめろ」

 ヒノエが突っ込みを入れるが、譲の耳には入っていない。知盛を睨むように見ている。

 譲を見て、知盛は薄く笑った。

「その名……嫌いでは…なかった、が」

「気に入ってんの!?」

 一部の周囲を脱力させながらも、知盛は笑みを浮かべたまま名乗りを上げた。

「我が正しき名は、平知盛」

「え…?」

 譲が目を見開く。

 何故? 兄と親しく、望美とも仲がよさげだった彼が、平家の将の一人??

 思考が追い付かない譲の前に、望美が出た。

「知盛」

「源氏の神子…か。相手にとって、不足はない」

「私は不足だけど」

「ほう……さすがは、獣のような女だ…。さらなる血を…望むか」

「ちが」

「違います!」

 知盛の言葉に、望美の声を遮るほど反応をしたのは譲だ。

「先輩はチモさんを守りたいだけです!」

 だから、それはやめろ、と誰かが言った。

「…くだらん、な」

 知盛が言うが、譲は聞いちゃいない。望美の肩に両手を置き、顔を覗き込んで言う。

「彼が何であれ、兄さんの大切な人だから、戦いたくないのでしょう?」

 譲が苦しげな顔で望美を見詰める。

「そ……そういうわけじゃ……もう知盛と戦うのは飽…嫌だなって」

「当然ですよ。先輩は普通の可愛い女の子なんですから」

「そんな、可愛いなんて、」

 ポ、と望美が赤くなる。

「本当です。先輩は誰より可愛い……」

「そんなことない。怨霊倒しちゃうし、兵士も吹っ飛ばすし」

「先輩は優しいから、皆を守ろうとしているだけでしょう? 今だって、彼を守ろうとして…。
彼と兄さんがどこで知り合ったのか分かりませんけれど、彼と親しいのは間違いなさそうですし。
先輩が戦いたくないのは、当たり前です」

 譲が力強く言うと、望美がゆっくりと首を振った。

「将臣くんの知り合いだからってわけじゃないよ。それなら譲くんだって。
彼と戦って死んだら、将臣くんが哀しむと思って、苦しんでるのは譲くんでしょう?」

 望美の言葉に、譲はぐ、と肩に置いた手に力を入れた。

「兄さんはいいんです! 俺は先輩のことが」

「私?」

 こて、と首を傾げた望美に、譲が言葉を詰まらせ、息を吐くと言った。 

「先輩が、哀しまなければ、それで」

 きゅ、と唇を噛む譲を見て、望美が切なげに微笑んだ。

「でも、将臣くんが苦しんだら、嫌だよね」

「それは…まぁ、兄ですから」

「うん。譲くんは優しいね」

「優しいのは先輩です」

「ううん、譲くんだよ」

 キラキラと、飴細工に包まれているように二人の周りに甘ったるい光が舞う。




「……なぁ、さっさと逝っていいか?」

 完全に戦意喪失してしまった知盛が、疲れたように言い、船の縁に足を掛けた。

 すかさず九郎が羽交い絞めにして止める。

「まて、アレをどうにかしてから逝け!!」

「そうですね。きっかけを作ったのは君なのですから。責任もって鎮めてください」

 弁慶が笑顔で威圧する。

 他の面々も、生贄を逃がさないとばかりに、知盛を取り囲んだ。

 その時だった。

 三艘の船がぶつかった。



「うぉ!?」



 ぐらり、揺らいだ船。慌てて体勢を整える。

 どうやら舵を取る者がおらず流されていたらしい。

 そこへ、九郎と龍神の神子を始末しようとした頼朝の船が来て、さらに頼朝を始末しようとした将臣の船がぶつかったのだ。

 船を飛び移り、頼朝に斬りかかった将臣が、不可解な力で譲達の船まで吹っ飛ばされ、知盛に直撃した。

「兄さん!」

「兄上!!」

 弟たちが異なる声音で叫んで、それぞれ兄に駆け寄ろうとしたが、女性の悲鳴に止められた。

「景時さん!?」

「兄上!?」

 望美と朔の声に、譲が振り向くと、景時が銃を構えていた。

「景時! 平家の将は確保した。銃を下ろせ!」

 空気を読まずにそう言ったのは九郎だ。

 景時の腕が震える。それを制するように、頼朝が命じた。

「景時、やれ」

 頼朝の静かな声に、景時が目を閉じた。

「朔、こっちへおいで」

「兄上、どういうことです!?」

 朔の質問に答えず、景時が淡々と九郎の罪状を読み上げた。

「よって、鎌倉殿の勅命により、謀反人たる九郎義経をここに討つ」

「バカを言うな! 俺は叛意など!」

「敵の大将と慣れあっていて、そのような言い訳は通じませんわ。
先程も、入水しようとしたその方を、抱き締めていたようですけれど?」

 政子が笑みを浮かべて言う。

「そ」

「将はできるだけ殺すなって言ったのは、鎌倉(そっち)でしょ!? もうボケたの!? 老化!? そんな年増(とし)!?」

 政子の言葉を聞き、九郎の声を遮って、望美が叫ぶ。

 切なげな表情で必死に弁明するのはいいが、言っている内容はどうなのか。怒らせたいとしか思えない。

 余計な言葉の数々に、政子の顔がピキと固まった。

「ほほほ、小娘は礼儀を知らなくて困りますわ」

「礼儀知らずはそっちじゃない! 散々協力させておいて、何で討とうとするのよ! 役立たずならまだしも!」

 望美が哀しげな顔で叫ぶが、言葉は何気に失礼だ。役立たずという言葉の時に目があった景時が、心の中で滂沱の涙を流した。

「頼朝は小心者だからな。九郎が手柄立て過ぎて、龍神の神子の人気が出過ぎて、自分の人気がなくなりそうで怖くなったんだろ」

「え!? 人気があると思っていたのか!?」

 将臣があきれた口調で説明し、譲が驚いたように叫んだ。

 頼朝を、畏敬すべき権力者というよりは、知識として記憶している現代人は、本当に遠慮が無い。

 身分に関する意識が低いから、というのもあるだろう。

 慇懃無礼などというレベルではない。

 歯に衣を着せぬどころか貶める物言いで、しかも核心を外さず突いてくるからたちが悪い。

 そう思いつつも、生ぬるい笑みを浮かべて見守る天地朱雀、何もいえない天地玄武、ついていけずに固まる地青龍地白虎、表情は正反対だが黙って見守る白龍と知盛。