砂糖蜜な二人 8 (1 / 2)
「さて、あのアマ…ではなく女性に化けたカエルをどうイビリ出しましょうか」
うふふ、といい笑顔で弁慶が言うので、九郎がげんなりとした顔で告げた。
「気持ちは分かるが少しは言葉を慎め」
「分かるのならば、黙っていてください。
柔らかな笑顔で即座に言い返され、九郎が溜め息を吐く。
こういう顔の弁慶は、京で暴れまわっていた時のアノ顔よりも性質が悪いと良く知っている。
「あの、いったい何が…?」
本日はそれぞれ情報収集、ということで、二人ずつに分かれて回っていた。
弁慶と九郎、景時と朔と白龍が町を回り、リズヴァーンと敦盛は、川の方を見てきたらしい。
当然ながら、望美と譲は二人にされ、海側に移動しつつ、熊野の民を熱中症寸前まで追いやっていた。
それを目撃した『地元だから仕事がある』ヒノエは、見なかったことにして立ち去った。
とりあえず二人に近寄らないことと、涼しいところで過ごすことを、周りの人間に指示したが。
他にどうしろと? と、ヒノエは心の中でぼやいた。
そんなわけで、何故弁慶が怒り狂っているか、譲たちには分からない。
「逃げた怨霊を見つけたんだけどねー」
景時が苦笑しながら言った。
熊野川で対峙し、逃げられた怨霊を見つけたらしい。
町を見ていた弁慶組と景時組は、人だかりに足を止めた。
何があるのだろうと近づいて行ったら、互いに同じところに出たのだ。
人だかりの中心をひょこりと覗き込んだ白龍が、怨霊に気付いた。
「景時、怨霊がいるよ」
これで神子が喜ぶねと、それはもう嬉しそうに大声で言ったものだから、さぁ大変。
何しろ、法皇の御幸行列だったのだから。
どこだと大騒ぎになったが、白龍が示したのは、法皇のお気に入りの女性。
化けていると言われて信じるわけがなく。
弁慶がいつものように口車で宥めたのだが。
その時のおつきの貴族はもちろん、女性に化けた怨霊の言動にいたくプライドを傷つけられたようだ。
「アレだけ派手な騒ぎをしたんじゃ、あの怨霊に近付くのは難しいだろうね」
ヒノエが肩を竦めた。
面と向かって怨霊呼ばわりしたのだ。向こうだって警戒する。
「どうやって怨霊だと暴くか、だな」
九郎が溜め息混じりに言う。
「弱点は…海を嫌がってましたね」
「え? いつ会ったの?」
望美の言葉に、朔が不思議そうに言う。
「法皇と一緒にいた女性でしょう? 変な感じがするなーと思ってたけど、怨霊だとは思いませんでした」
だからどこで、と周りが答えない望美ではなく譲を見る。
「あ…その、御浜まで出たときに、ちょっと」
譲がほんのりと赤くなって説明する。
「今日は暑いから、海で涼むといいって、市場の人に言われて」
遊んでいたんじゃないよと、望美も慌てて答えた。
なるほど、上手く追い遣ったんだなと、ヒノエは心の中で市場の人間を褒め称えた。
「そこで…その、鎌倉の海を思い出しちゃって。波打ち際で少し…休憩してて」
頬を赤く染めて言う二人に、大体の想像がついた。
きらめく夏の日差しを受けた海。
ゆるやか寄せて返す波。
やわらかな白い砂浜。
最高のロケーションで、波打ち際をはだしで歩く男女。
それはもう、いつの青春映画だといいたくなるような、アハハウフフ状態で。
近くに現れてしまった将臣や知盛が、即座に踵を返したことを、二人は知らない。
「法皇は、先輩を覚えていたらしくて、水際で涼んでいる俺たちに声を掛けたんです」
その状態の二人に割って入るとは、なんてヤツだ!
「その、波打ち際を歩いたり、水をかけっこしたりしたんだけど。
法皇様が、自分達もやってみるか?って女性に言ってたけど、潮風は苦手だって、波打ち際にも近付こうとしなかったの」
あの近くへ行けたのか、さすが法皇!!
などと、男たちが心の中で感嘆した。
「さすが、ソレにかけては何十年と経験を積んだ御仁ですね。あの熱気の中近付こうなどと」
「海辺は涼しかったですよ?」
望美が不思議そうに言う。
そういうことじゃないという突っ込みは、当然声には出されない。
「そういえば、行列のときも潮風を嫌がっていましたわね」
朔が、ふと呟く。
話がそれたことに胸をなでおろしながら、他の者も言う。
「潮風…海が嫌いなのかな」
「水の怨霊なのに、海が駄目なのだろうか…?」
「カエルでしたよね、あの怨霊」
「カエルは海には滅多にいないから、川はよくても、海はだめ、とか」
「ああ、そういえば京へ行きたがっていました」
「京は海がないからね」
「いっそ京へ行かせたらどうでしょう」
「でも、あの怨霊がいると本宮へいけないよ? 本宮へいけないと法皇は熊野を離れないし、そしたら京へも行かないし」
などと、とても無責任な発言が出るくらい、八葉たちはいろんな意味で疲弊していた。
生真面目な九郎ですら、バカなことを言うなという声が出てこない。
どうとでもなれ、と思っている。
「だが、海に呼び出すのは難しいのではないか?」
リズヴァーンが落ち着いた声で場を諌め、ようやく周りも真面目に考え始めた。
涼む為、といいたいところだが、既にやってしまっているようでは、別口の方がいいだろう。
「カエル…海…潮風…塩…」
譲がポツリと呟く。
「ヒノエ、内地でも山でもいいんだけど、法皇を呼べる食事ができるところ、あるか?
できればその場で怨霊退治しても問題ないところがいいんだが」
「譲?」
譲の言葉に、不思議そうにヒノエが見る。
「譲、何か策があるのか?」
九郎の問いに、譲が顎を引いた。
「ええ、まぁ。カエルの習性として海や潮を嫌うのなら、やりようがあります。ダメでも、もてなしただけで、失礼にはなりませんし」
怨霊なら、容赦しなくていいですしね。
ボソッとつぶやかれた声に、周りが目を剥く。
「ゆ、譲、何かあったのか…?」
敦盛が恐る恐る問いかけると、譲が爽やかな笑顔で答えた。
「いえ、別に。先輩の綺麗な足に法皇が見惚れたとか嫉妬したあの怨霊が先輩を露出狂扱いし始めたので笑顔で言い伏せたとか、その程度です」
小さくも低い声で、淡々と淀み無く、一息に譲が言う。
顔だけは、とても綺麗な笑顔で。
「…弁慶と同じ顔をしている……」
九郎が怯えて引いたのは、言うまでも無い。
が、それに一切気付かないものも、一人居て。
「や、やっぱり、おかしかったのかな? 譲くんが作ってくれた薄衣をもってこようかと思ったけど、夏は暑いし、旅するのに荷物になるから、京に置いてきちゃったし…」
望美がもじもじと、譲を上目遣いに見ながら言うと、譲が一瞬で柔らかな笑顔になり、答えた。
「目立つかもしれませんが、おかしくはないと思いますよ。他の人たちは、何も言いませんでしたから。
あの怨霊は法皇の視線を先輩に取られて、妬んだだけでしょう。気にしないでください」
「そう? でも、譲くん…その、嫌そうだったから。みっともなかったかなぁって」
「……先輩の綺麗な肌を、他の男が見るのは、嫌なだけです」
不安そうに言う望美に、譲が眼鏡を押し上げながら言った。
いつもの照れ隠しの動作に、望美が笑みを浮かべる。
「ありがとう」
「いえ…」
言われた内容の意味を具体的に考えないあたりが、望美である。
譲もまた、自分の発言に気付かず、望美が笑顔になったのを素直に喜ぶ。
微笑みあう二人から離れた部屋の隅で、八葉たちが額を突き合わせて呟いた。
「どうしてくれましょうねぇ」
「本当に迷惑な怨霊だよ。ついでにアレ(法皇)もぶん投げたい」
「まとめて片付けたいよね…」
「必要以上に気温を上げてくれた礼はせねばな」
「と、とにかく、譲が言ったような場所は用意できるのか?」
比較的熱と糖度に強い敦盛が、場を宥めるように言うと、ヒノエがこくりと頷いた。
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