砂糖蜜な二人 7 (1 / 2)
熊野川の氾濫と怨霊騒動で、勝浦に足止めされる。
幸いなことに、この地には怨霊らしきものがほとんどおらず、九郎などは焦っているが、気遣い屋の天地の白虎は望美や朔を休ませられることを、秘かに喜んでいた。
情報収集を兼ねて、市場で買い物をしていた譲は、通り雨に足を留められ、茶店の店先に立っていた。すると目の端に見覚えのある色が通ったのを感じとり、鋭い動きでそちらを振り返った。
「兄さん…っ」
あの後ろ姿。間違えるものか。
連れがいると言っていたけれど、話をするくらいならいいだろう。
将臣とて本宮に行けなくて困っているはずなのだから、情報収集くらいしているはず。
それすらしていないようなら、文句の一つも言ってやらないと。
望美に心配ばかりかけているのだから。
雨が小降りになったのもあり、譲は将臣を追って走り出した。
人ごみを足早に歩く将臣を追いかける。
少しすると雨が止み、人波が途切れ、静かな道に出た。
「あれ…?」
視界が晴れると同時に、将臣を見失い、首を傾げる。
確かにこちらに来たと思ったのだけれど。
感覚を研ぎ澄ますように目を閉じると、木々の間から小さな声が聞こえてきた。
そちらに向かうと、再び現れた背中。
同時に聞きなれた声が耳に飛び込んだ。
「将臣くんはっけーん!」
「何でいるんだ!? どういうつもりだ、知盛!」
良く見ると、将臣の向こう側に望美ともう一人、人影がある。
なにやらゆったりと答えたその人は面白そうに口角を上げた。
「兄上が気に掛けていたようだから、お連れしただけだが」
「と」
「兄上!?」
何かを言いかけた将臣の声を、譲の声が遮る。
その声に、将臣が驚いて振り返った。
「譲!?」
「兄さん、だよな?」
望美がそう呼んでいたし、どうみても自分の兄なのだが。
見知らぬ男が『兄上』などと呼んだものだから、別人なのかと疑ってしまった。
改めて相手の顔を見る。
望美と一緒に来た相手は、無駄に色男で、退廃的な香りがした。
「えっと…」
兄は何と呼んでいた?
どう呼びかけるか迷い、とりあえず挨拶をする。
「初めまして。俺は有川譲といいます。貴方の名前は」
「チモだ」
譲の言葉が終わる前に、将臣が言う。
「は?」
「だから、コレはチモ」
「え? でも、さっきは違う名前を呼んでなかったか?」
確か、と譲が思い出そうとすると、将臣の声が遮った。
「チモだ、チモ。そうだな、望美、、、チモ」
じろりと睨むように二人を見る将臣につられて、譲も首を傾げつつ視線を向ける。
望美はおかしそうに笑いながらコクコクと頷き、チモと言い切られた銀髪の青年は、怠そうな様子でこちらを見た。
「…好きに呼べば、いいさ」
「それって違うってこと?」
「だから、こだわるなっつーの」
「おかしな呼び方してるんじゃないだろうな」
失礼だろ、と譲が睨む。
「いいんだよ。こいつだって俺のこと、好き勝手に呼んでるんだから」
嫌そうな顔になった将臣に、譲が思い出すように言った。
「それが『兄上』?」
「まぁな」
将臣が深いため息を零す。
「俺より年上のくせに、嫌がらせだろ」
「ほう。お気に召さないか『兄上』」
「そう言ってるだろうが」
「何で兄上???」
年下ならまだ分かるのに。
譲が首を傾げた。
「気にするな」
「って言われると余計に気になるよ」
「こいつのすることに、深い意味なんぞない!!」
「それも失礼じゃないか?」
「人の神経を逆なでるやり方をするのはこいつだ」
ケッと、将臣が悪態を吐く。
「望美だけじゃなく、お前まで連れてくるし」
巻き込むなっつーのに、と将臣が小さくぼやく。
幸いにしてその言葉は譲には聞こえず、耳にした相手は片眉を上げて答えた。
「コレはともかく、ソレは知らん」
コレだのソレだの言われて、文句を言いたくなったけれど。
「俺が来たのは、市で兄さんを見かけたからだよ」
気付いてなかったんだと呟くと、将臣が苦い顔をした。
「それで、先輩はどうして…」
そちらの人を知っているのかと、譲が望美を見る。
「ええっと」
「初対面だ」
「ええ!?」
望美が言葉に窮していると、チモ=知盛がさらりと答えた。
「有川を探しているというので、連れてきた」
「連れてきたじゃねぇ!」
「お前とて気にしていたではないか」
「そういう問題じゃねぇだろ!」
言い争う(というより将臣が一方的に腹を立てている)横で、譲は望美の前に立つと、眉根を寄せて言った。
「先輩……知らない男の人に、一人でついてきたんですか?」
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