砂糖蜜な二人 4 ( 1 / 2 )
怨霊になってから感じたことの無い清清しい空気に、敦盛は朧な意識で目を開けると、可愛らしい少女が微笑んでいた。
「あ、目が覚めたんだ。よかった」
一体何があったのかと、首を傾げて体を起こそうとするが、途端に感じた痛みに呻く。
「無理するなよ。怪我だらけなんだから」
今度は男性の声が聞こえた。
視線を向けると、複雑そうな顔で、同年代の――体格は自分より大分良いが――少年が居た。
その少年は敦盛の額の汗を絞った手ぬぐいで拭くと、体を抱き起こした。
「っ、私に、触れては」
「あ、痛かったか?」
穢れが移ると思い、焦る敦盛に対して、少年は心配そうに顔を覗き込む。
あまりに真剣に、こちらを労わる顔に、敦盛は強く言えなくなった。
「いや、その」
「まずは薬を飲んでくれ。弁慶さんが煎じてくれたから」
「弁慶……殿……?」
懐かしい名前に思わず反応すると、少年はそちらでも有名なんだな、と一人で納得をした。
「あなたは……?」
「ああ、俺は譲。有川譲」
「私は、望美だよ。白龍の神子なんだ」
「神…子…?」
「怨霊を封印できる京の龍神の神子姫だよ」
聞き覚えのある声に顔を向けると、見知った顔がそこにあった。
「ヒノエ……」
「元気そう、じゃないな、敦盛」
苦笑するヒノエに、敦盛が顔を顰めた。
彼が戦場にいる意味は大きい。
いったいどういう状況で、ここに居るのか。
「なんだ、ヒノエ。知り合いなのか?」
「ああ。敦盛は熊野で過ごしたことがあるからな」
なるほど、と譲が頷く。
「じゃぁ、知っていたんじゃないか。九郎さんに言ってくれれば」
「オレが何か言ったら、余計に混乱するだろ? あの源氏の大将は」
肩を竦めるヒノエを、敦盛が目を見開いてみた。
「源氏……」
弁慶の名前が出たのだから予測はしていたが、はっきりと言われると動揺する。
敦盛がヒノエをじっと見る。ヒノエは敦盛に制止の意味を込めて鋭く見詰めた。
それを察した敦盛が、呟くように言う。
「そうか。ここは源氏なのだな。なれば私は敵。討ち取るがいい」
俯いた敦盛に、望美が困ったように言う。
「そんなこと、できません!」
「何故だ。貴方方には良い手柄になるだろう」
「手柄が欲しくて、貴方を連れてきたわけじゃない!」
「だって、貴方は八葉なんです! 仲間なんですよ!!」
譲と望美の叫びに気おされつつ、敦盛が最大の疑問を口にした。
「八葉?」
「龍神の神子姫を守る野郎のことだよ。四神の加護を受けて、神子を守る。お前は天の玄武だそうだ」
「馬鹿な……ありえない」
自分が神の加護を得るなど。
そう思って呟くと、望美がぎゅっと敦盛の手を握った。
「これが証拠です!!」
「これは……」
「八葉の玉です。ヒノエくんは額にあります」
言われて顔を向けると、確かにそこにあった。
そしてはっと我に返る。
「いけない。私に触れてはならない」
振り払うようにして手を引くと、望美がキョトンとした。
「はやく、清めてもらうといい」
「え? 病気でも持っているのか?」
驚いたように、少年が言うので、敦盛は反応に困った。
「いや、病は持っていないが……」
ある意味、似たようなものかもしれないと、溜め息をつく。
「じゃぁ、修験者で、女性に触れられないとか」
ヒノエと正反対だな、と呟く譲に、ヒノエが睨むが、譲は知らぬ顔。
「いや、そうではないが……私は穢れているから……」
「でも、俺、さっきから触りまくってるけど、なんともないよ」
譲の言葉に、敦盛が硬直する。
そうだ、この少年は先程から自分を抱き起こして支えているではないか。
慌てて顔を向けると、譲が苦笑気味に言った。
「体を拭いて、傷の手当てをしたけど……男同士だし、問題ないだろ?」
「いや、貴方が穢れを宿してしまう」
「大丈夫だよ。それでも気になるなら、あとで白龍に見てもらうから」
白龍とは龍神の化身で、穢れや神気が分かるのだという。
「な、何故、そこまで」
「だって、拾ってきたの俺だから。責任はとらないと」
敦盛が、は? と首を傾げる。
「そんな、拾って欲しいって言ったのは私だよ! だから、責任は私にあるよ!」
拾ってって、犬じゃねぇぞ、と、ヒノエが呟くが、誰の耳にも入らない。
懸命に言う望美に、譲が微笑んで言う。
「ですが、実際に連れてきたのは俺ですから。世話をしないと」
「私も手伝う!」
「ダメです」
譲に強く言われて、望美が悲しそうな顔になる。
「どうして?」
「相手は男の人なんですよ? その、女性では不都合があるでしょうし」
「私なら平気だよ!」
「いや先輩ではなく、敦盛さんが、女の人に見られるの、嫌かもしれないでしょう?」
あ、と望美が口元に手を当てる。
「それに……俺だって、先輩にそんなこと……してほしくないですから」
見詰め合ったままほんのり赤くなって譲がいう。
「どうして?」
無邪気な望美の質問に、譲は軽く咳払いをして答えた。
「その、先輩が男の人と触れ合ってるのは……複雑、ですから」
言われて望美がポンと赤くなる。
「ふ、触れ合うって……」
「傷の手当てというのは分かりますが……先輩が異性に触れるのは……す、すみません、俺」
「そ、そうなんだ。男の人って、そう思うんだね」
あかくなってもじもじとする望美と、そんな望美に照れたように赤くなる譲。
「大切な人が異性に触れているのを見るのは複雑なんです」
大切といわれて、ポポンと望美の顔が赤味を増す。
「大切って……」
「あ、その、先輩は、ほら、姉みたいな人ですから!」
「そ、そうだよね。家族みたいだもんね!」
赤い顔のまま見詰め合って、照れ笑いをする。
「お前ら、そういうことは敦盛を解放してからやれよ」
ヒノエの呆れた声が響くが、二人の世界を築いている譲と望美には聞こえていない。
譲の腕に抱き起こされたまま、敦盛は困ったようにヒノエを見た。
ヒノエは深い溜め息を零すことしかできなかった。
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