願い事ひとつ
「ねえねえ、譲くん、お願いがあるんだけど?」
あなたがお茶を飲み終わったタイミングを見計らって、私は口を開く。
「また先輩の『ひとつお願い聞いてくれる?』ですか?」
「うん!」
大きく頷くと、あなたはくすっと笑う。
「いいですよ。今日は何ですか? 何でも作りますよ?」
やっぱり食いしん坊だと思われているのかな?
何でも作りますよ、って。
やさしく問い返してくれるあなたに、私はまたいつものお願いをする。
小首を傾げて両手を合わせてお願いポーズをして。
あなたがそうやってお願いされると弱いのは、百も承知だから。
こんな計算をするなんて、なんだかとても悪い女になった気がするよ。
でも、あなたの笑顔が見られるのが嬉しくて。
「あのね、はちみつプリンを作って欲しいの!」
満面の笑みで、そうお願いをすると、あなたは嬉しそうに微笑んでくれる。
「あはは。またですか、先輩? 本当に先輩ははちみつプリンが好きですね」
「うん。譲くんのプリン大好きだもん」
「こんな些細なお願いじゃなくて、他のお願いでもいいのに。向こうと違って何だって作れますよ。ケーキでもパイでも、先輩の好きなものを何だって作りますよ」
遠慮しているんだと思って、あなたはとっても魅力的な提案をしてくれるけれど、私はこれがいいの。
だって、特別なお菓子なんだもん。
「ううん。些細なんかじゃないよ。向こうでお菓子を作るのがすごく大変だったって私でも分かるよ。そんな中で譲くんがいっぱい考えて作ってくれた特別なお菓子だもん。だから大好き――それに、譲くんのプリンが一番おいしいんだもん」
譲くんの腕に掴まって、小さな子供のように甘えてみせる。
ね、お願い?
と、もう一度駄目押しでおねだりをすると、子供みたいですね、と、あなたは苦笑して。
「じゃあ、早速作りましょうか。幸い材料は揃っていますし、おやつの時間には間に合いますよ」
「わ~い。ありがとう。譲くん大好き!」
嬉しいを伝えたくて、
あなたにぎゅっと抱きつくと、抱きしめ返してくれて。
伝わる体温が、しあわせで。
抱きしめると、抱きしめ返してくれる。
名前を呼ぶと、返事をしてくれる。
当たり前のようで、当たり前でないこと――
それがどれだけ稀有なことか、私は知っているから。
「好きなのはプリンですか? 俺ですか?」
抱きついてプリンに喜ぶ私に、あなたはちょっと拗ねている。
あなたが作ってくれるプリンだから、大好きなのに。
自分で作るプリンにまでやきもちを妬く、そんなあなたが可愛くて、私はちょっと意地悪な答えを返す。
「もちろん、譲くんと譲くんの作ってくれるプリンだよ!」
「両方ですか?」
「うん。欲張りだもん、私」
苦笑するあなたに、私はえっへんと胸を張る。
些細な願い?
ううん。
だってこれが、私のたったひとつの願い事だもの。
本当は「望美」って名前で呼んで欲しいなと、ちょっとだけ思うけど。
でもそれは先の楽しみに取っておくの。
だって、これは一番の願いじゃないから。
そう、私は欲張りなの。
これだけは譲れない願いだから。
だれにも譲らない。
『譲くんがいつも傍にいて、笑っていてくれること』
それが一番の私の願い。
絶対に譲れない願い、だから――
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