祝う気持ち
「あ、あの……」
消え入りそうな声は、千尋のもの。
「ニノ姫?」
忍人は、怪訝そうな顔を向けた。
「どうかしたのか? もしや、先程の軍議で何か言い忘れたか?」
「い、いえ、そうじゃなくてですね」
「それでは、作戦に異議でも?」
自然と、険しい顔になったのかもしれない。
千尋は慌てたように首を振った。
「ち、違うんです! 軍議にも、勿論作戦にも、問題はありません!」
「……そうか」
ほっとした顔になった忍人だが、ならば、と眉をひそめた。
「それでは……一体、どうしたんだ?」
「あ、あの、その……」
狼狽え、あらぬ方向に視線を飛ばし。それからやっと彼女は口を開いた。
「ごめんなさい、場所を変えませんか?」
確かに。
大将軍の彼女と、将軍の彼。二人が何やら深刻そうに(見えるだけだが)話をしているのは、周囲も気になるのだろう。ちらちらと、此方に向けられる視線は、決して少なくはない。
「わかった」
忍人は頷くと、此方へ、と千尋を招き、歩き出した。
「ここならいいだろう」
忍人は、後ろから来ていた千尋を振り返る。
森を少し入った位置。さほど奥ではないが、繁った枝が、二人を隠すには十分だったし、風の音以外しないそこは、近づいてくる気配にも、注意を向けやすい。
「何か、他人には聞かせられない問題なのだな」
落ち着いた声を心がけた。あまり矢継ぎ早に質問を重ねても、千尋は困るのだろう。
おそらく、かなり、デリケート(これは風早に教わった)な事柄らしいと見当をつけた、忍人なりの配慮だった。
「そ、そんなすごい訳じゃ……」
ところが、ますます千尋は、萎縮したように、俯く。しまいには、言っても怒らないか等と、おどおど見上げてくる始末。
結局、忍人は、何を言っても怒らないし、動じないと、千尋に繰り返し伝えるしかなかった。
話が進まないのだ。
そして。
やっと、心を決めたらしい彼女が、顔をあげた。
「あの……」
お誕生日おめでとうございます。
束の間、ぽかんとしていた。はっと気を取り直した忍人は、やがて、苦笑を浮かべた。
「そうか……」
そうだったな、と、くしゃりと長めの前髪をかきあげる。
誕生日というものを、生まれた日ととらえ、祝うのだと、前にこの姫から聞いたことがあった。おそらく、兄弟子達辺りから聞いて、千尋は、祝いの言葉を伝えようとしてくれたのだと。
「ありがとう」
そう言うと、蒼瞳が大きく見開かれた。
「どうした?」
「ううん……だって、下らないって言われるかって……」
「約束しただろう? 怒ったりはしないと」
それに、祝われて、怒る道理等ない。
「うん……そうでしたね」
ふわりと。やっと安心したように笑った顔は、妙に愛らしく。
ざわりと、彼の心をざわめかせる。
「あのね、今年は聞いたのが急だったから、プレ……贈り物準備できなくて、でも、その代わり、来年は必ずお祝いしますからっ」
「気持ちで、十分だ」
「だけど……」
本当に、嬉しく思っていた。
自分の誕生日を聞き、祝いたいと、そう思ってくれた、彼女の気持ちが。
酷く温かく、しみた。
「だけど、それじゃ、私の気がすまないから……」
来年のお祝いの約束をさせてくださいと、差し出された小指。
ふい、と絡ませて。
嗚呼。
今年の彼女からの贈り物は、これだと。
彼は口には出さずに、笑った。
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