幼なじみの焦燥 ( 1 / 2 )

 



「ここで少しだけ牛乳を加えると滑らかになるんです」

「なるほど。それなら俺のところでもできるな」

望美が南斗宮の廚を覗くと、譲と詩紋がメモを取りながらお互いに情報交換していた。

この宮の廚は何とも不思議な仕組みになっているので、実際に料理をしてもあまり参考にならないらしい。

「譲さんのその抹茶プリンは絶対作ってみたいな。
でも、僕たちの京ではお茶の葉が手に入らないから」

「うん、俺たちの京でも茶葉は入手が難しいな。
高級な薬扱いなんで、俺も弁慶さんに頼んでいるんだ。
あれがあると、消毒なんかにも使えていいんだけど」

話が途切れそうにないので、望美は仕方なく廚から立ち去った。



* * *



「そう。それで結構です。なかなか筋がいいですね」

横で見ていた鷹通が筆遣いをほめた。

「書道の基礎は学校で習いますからね。
とはいえ、譲殿は塾にでも通っていたのですか」

同じく横で見ていた幸鷹が尋ねると、

「塾には行っていませんでしたが、祖母が折にふれ教えてくれたんです。
きっといつか役に立つからって」

と、譲は答えた。

なるほど、と、二人の天の白虎が感心する。

「さすが星の一族の姫でいらっしゃいますね」

「こういう日が来ることを予想していたということですか……」

「予想……してたかどうかはわかりませんが、ずいぶんいろいろなことを教えてくれました。
おかげで異世界でも何とか生きられています」

「ご謙遜を。とても立派に役目を果たされていると、景時殿もおっしゃられていましたよ」

鷹通が言うと、譲は困ったように目を伏せた。




「さあ、では次の手本に移りましょうか」

話題の転換を兼ねて、幸鷹が自分で書いた書を文机に広げる。

「幸鷹殿の手蹟(て)は勇壮で誠に爽やかですね」

「鷹通殿の優雅さにはとても及びません」

「では、少し練習してみますね。ここでは紙の心配をしなくていいので、助かります」

仲睦まじい天の白虎の会話を窓の外で聞いて、望美は一つため息をついた。



* * *



「右肩が少し上がり気味だな。歩射では気にならないが、騎射では目立つぞ」

「わかりました。じゃあ、もう一度やってみますね」

遠く離れた的に向かって、譲が弓を引く。

勝真はその射形を注意深く見つめ、矢が弓を離れると「よし、それでいい!」と声を上げた。

「あ、でも的は外したな……」

小さな円から外れ、木の幹に突き立った矢を見て譲がつぶやく。

「いえ、射形が崩れたまま的中させるより、まずは正しい射形で射ることに集中すべきです」

同じく、譲を見守っていた頼久が口を開いた。




「だな。俺はずっと実戦で射ったことはなかったが、射形だけは師匠に厳しく仕込まれた。

おかげで、いきなり怨霊と立ち合ってもまあまあ使いものになったんだ」

「勝真殿は実戦の経験がなかったのですか? とてもそうとは……」

頼久が驚いて言うと、「まあ、狩りには出ていたけどな」と照れたようにつぶやいた。

「俺の世界では、弓を実戦に用いることはほとんどないので、戦場で、動いている的を狙うなんて考えたこともありませんでした」

二人の会話を聞きながら、譲はため息をついた。

現役の武士である頼久はもちろん、狩猟の道具として弓を使いこなしている勝真とも、あまりにスタート地点が違う。

この夢の世界には馬が見当たらないが、二人は馬上からの弓も巧みだという。

「譲、お前も筋はかなりいいと思うぞ。
静止した的しか狙ったことがないなどと、最初は冗談かと思った」

「私もそう思います。譲殿の弓は鍛錬すればまだまだ伸びる余地があるでしょう」

時代の異なる天地の青龍にそう励まされて、譲は頬を上気させた。

「ありがとうございます。遠慮せずにどんどん厳しく鍛えてください」




再び弓に矢をつがえ、的に向き直った譲の姿を離れた木の陰から覗いていた望美は、ふか〜く大きいため息とともに目を閉じた。