俺だけを見て ( 1 / 2 )
「あなたはお兄ちゃんなんだから我慢しなさい!」
少し尖った女性の声に、思わず振り向く。
小さな男の子が、もっと小さな子を抱いた母親の前で、両手を握りしめて立っていた。
「僕……僕、弟なんていらなかったもんっ!!」
男の子は大きな声でそう叫ぶと、わーっと泣きだした。
なぜか胸がズキンと痛んだ。
「あ~あ、かわいそうに、お母さんも、坊やも弟くんも……」
隣りにいる先輩が、そう呟きながら親子に近づこうとする。
だがそれより早く、父親らしき人がスーパーの中から出てきて、男の子を抱き上げた。
「どうした? お兄ちゃんが泣いてちゃおかしいだろ?」
「僕、お兄ちゃんじゃなくていいの! 僕、弟いらないの!」
「そんなこと言ったらかわいそうだろ?」
「僕のほうがかわいそうだもん!!」
父親と母親に交互に慰められながら、親子4人は駐車場のほうへと歩いていった。
「……お兄ちゃんにしたら、一人っ子で大事にされてたところにいきなり邪魔者が現れた感じなのかな」
先輩がそう言ってから、あわてて口を押さえる。
「ゆ、譲くんと将臣くんは年子だから、そんなこと考える暇もなかったと思うけどね」
「さあ。それはどうかわかりませんよ」
俺は苦笑いしながら答えた。
実際、俺が生まれたとき、1歳にもなっていなかった兄が、ああいう感情を抱く時間はなかっただろう。
だが、
「お兄ちゃんのくせに」
「お兄ちゃんなんだから」
は、幼いころから繰り返し兄が言われていた言葉だ。
当の本人はそんなもの馬耳東風と聞き流し、いたってマイペースに、好きなことをしてきたように見える。
おかげで両親にとっての「安全牌」の役割は、俺に回ってくることになったのだが……。
「一人っ子だったらよかったって……思ってるかもしれませんね」
「え?」
買い物に出た渋谷から電車を乗り継ぎ、極楽寺の駅に着いたところで、俺は思わず自分の考えを口に出した。
あまりに間を置いた話題に、先輩がひどく驚く。
「何? それってさっきの話? 将臣くんがってこと?」
「ええ」
「譲くん!!」
両手を腰にあてて、お説教ポーズで俺を見上げた。
「そんなわけないでしょ! 私、譲くんと将臣くんをずっと見てて、どれだけうらやましかったか!
学校のこととか、親のこととか、兄弟じゃなきゃ話せないこと、いっぱいあるでしょ?
それにああ見えて将臣くん、譲くんのこととってもかわいがってるんだから」
「かわいがって……って」
小学生くらいまでならともかく、その後かわいがられた覚えなどない。
というか、そんなのこちらから願い下げだ。
気味が悪い。
そういう感情がもろに顔に出たらしい。
先輩は、はあっと大きなため息をついた。
「もう。一人っ子の寂しさを知らないから、そんな贅沢言えるんだよ」
「先輩、そんなに寂しかったんですか?」
逆に驚いて尋ねると、「え」と先輩が硬直した。
「……寂しかった……と思う。将臣くんと譲くんがいなかったら」
「……先輩」
「私はラッキーだったんだよ。兄妹みたいにつきあえるお隣さんがいて、ずっと遊んでもらって。
でも普通はそうはいかないでしょ?」
ここで俺が「そうですね」と言えば、話が終わることはわかっていた。
そのほうが彼女が安心することも。
けれどどうしても、言わずにいられなかった。
いつも心にあった思いを。
「兄さんが一人っ子で、先輩も一人っ子で、そうしたら二人きりで仲よく過ごせたんじゃないですか?」
「譲くん!!」
目を大きく見開いて、先輩が怒る。
いや……怒ったんじゃなかった。
瞳が見る見るうちに潤んできたから。
「先輩…!」
「どうしてそんなこと言うの? どうして自分がいなければみたいなことを……!
私には譲くんも将臣くんも、絶対になしじゃ考えられない本当に本当に大切な人たちなんだよ!!
なのにそんなの、ひどいよ!!」
「す、すみません! つい……!」
本気で泣きだしてしまった先輩を前に、俺はおろおろと声をかけることしかできなかった。
そうなんだ。
この人の気持ちは俺とは……俺たちとは違う。
本当の家族のように、俺たちのことを大切に思ってくれているんだ。
だけど……!
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