願い事は… ( 2 / 2 )
小鳥の声が聞こえる。
いつもと同じ、朝の空気。
鷹通は、軽い失望とともにゆっくりと目を開いた。
「……夢。そう……ですね、夏に去られた神子殿が、冬に京で私の誕生日を祝うわけが……」
身体を起こすと、単衣の襟を整える。
夢に見たのは、決して叶うはずがない光景。
八葉と藤姫とあかねが微笑みながら、鷹通の誕生日を祝う日は……もちろん、来るはずがなかった。
見慣れた天井に目をやりながら、静かにため息をつく。
おのれの命も顧みず、怨霊と戦い、龍神の神子と力を合わせ、京と民を守るために生きた懐かしい日々。
あのとき当たり前のようにそばにいた人が、今はもういない。
二度と会えない。
自ら選んだとはいえ、その運命の過酷さは、時に鷹通を苛む。
「鷹通さ~ん!」
突然、鈴のように澄んだ声が響いた。
「まさか」と思いながら、鷹通は部屋の障子を開く。
ガラス窓越しに見えたのは。
「あかねさん?」
「お誕生日おめでとうございます! 早くお祝いを言いたくて、学校に行く前に来ちゃいました!」
ブンブンと両手を振りながら、満面の笑顔を浮かべている。
鷹通はあわてて窓を開き、二階から身を乗り出した。
「今、下りて参ります。寒いですから、中にお入りになってください」
「大丈夫ですよ~」
「あ、あかねちゃん! おはよう!」
同じ敷地内に自宅がある、詩紋が玄関から出てきた。
鷹通は急いで着物を羽織り、リビングにいる詩紋の祖父母にあいさつしてから玄関のドアを開ける。
「「鷹通さん、お誕生日おめでとうございます!」」
今度は、詩紋とあかねが同時に言った。
「あ、ありがとうございます。お二人ともこんな朝早くに申し訳ありません」
「ううん。今日は私が腕によりをかけてお料理しますから、バイトが終わったらすぐに帰ってきてくださいね」
「僕のほうの仕込みは一応終わってるけど、天真先輩と一緒にあかねちゃんを手伝うから。鷹通さん、楽しみにしていてください!」
「…………はい」
「?」
「鷹通さん?」
返事を飲み込むようにうつむいた鷹通を、あかねと詩紋は不思議そうに見つめた。
「……本当に、ありがとうございます。楽しみにしております」
「よかった! あ、詩紋くん、そろそろ」
「本当だ! じゃあ、行ってきます、鷹通さん」
小走りに駆け出した二人の背中を見送りながら、鷹通は今朝方の自分の気持ちを深く後悔していた。
(このように私のことを気にかけ、祝ってくださる方たちがいらっしゃるというのに、京を思い出して心を痛めるなど……)
この世界に来てから出会い、親切に接してくれた人たちの顔が次々と浮かぶ。
(おやおや、私たちは仲間はずれかい? 寂しいことだね、鷹通)
「とんでもありません、友雅殿」
鷹通はそっと声に出してつぶやいた。
「かけがえのない京の皆様に加え、大切だと思える方たちを新たに得ることができたのです。こんなに幸せなことはありません」
友雅が、扇の影で微笑んでいる気がした。
「ですから今日は……」
パーティ会場となる詩紋の家に目をやる。
「ですから今日は、京の方々とこちらの世界の方々、素晴らしい方々が皆それぞれ幸福になられるよう、どうか私に願わせてください」
冬晴れの空の下、遙か時空の彼方に想いを届けようとするように、鷹通はその場に長い時間佇んでいた。
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