真白き想い ( 3 / 3 )
春の風がそよぎ、ベールを、髪を、かすかに揺らした。
冠と野の花からは甘い香りが漂い、陽光が穏やかに降り注ぐ。
「……千尋……」
壊れやすい玻璃の細工に触れるように、忍人が千尋の頬を掌でそっと包んだ。
「……忍人さん……」
初々しい恥じらいに頬を染めた千尋が、潤んだ瞳で忍人を見上げる。
二人の間に舞い落ちるのは、どこからか運ばれた数枚の花びら。
「……俺は」
ふわり
ひらり
「俺は君を」
ふわり
はらり
ぱさり
「俺は……」
ぱさり
ぱさり
ぱさり
「……! っ何だこれは!!」
バサバサバサッ!
「……! 花?!」
二人で見上げた空から、色とりどりの花がいっせいに降ってきた。
「ヤッハー!! 姫さん、きれいだろ?!」
「「サザキ!!」」
純粋な驚きと、純粋な怒りのこもった声がきれいに揃う。
「忍人、今日の姫さんは大忙しなんだ。独り占めはいけねえな」
「三倍返しだ」
「か、カリガネまで?」
サザキといっしょに腕いっぱいの花を撒いている青い影に千尋は驚いた。
「なんせ今日は『ふわっとでー』だからな。姫さん、俺のお返し、気に入ったか?」
「ほわいとでーだ」
「あ、ありがとう、サザキ、カリガネ」
「あ~あ、せっかく盛り上がってたのに……」
丘を登ってきた風早が、肩をすくめた。
「風早、きさま……」
「覗いてない、覗いてない! 盛り上がってたんだろうなって、単なる推測だよ」
一気に不機嫌になった忍人に、にこにこと応える。
「それより忍人、油断すると千尋を『海賊』にさらわれちゃうよ」
「何!?」
振り返った先では、サザキが千尋の腕を取っていた。
「さあ、姫さん、空の散歩と行こうぜ!」
「え、ちょっと待って、サザキ」
「サザキ、逃げろ」
「カリガネは黙っ…、うわ~~~~っ!!」
「その手を離せ!!」
「忍人さん、刀は駄目です~~!!」
「……まったく、騒がしいことこの上ないね」
いつの間にか風早の横に立っていた那岐が、大きなため息をついた。
「那岐。支度はできたんですか?」
「とっくにできてる。遠夜と布都彦に番を頼んだ」
「それはそれは。じゃあ、何とか事態を収拾して千尋を連れ出さなきゃなりませんね」
「そういうのはあんたの仕事だろ」
面倒くさそうに那岐が言うと、「では」と、風早が足を踏み出した。
「千尋~!! こっちのお返しも準備ができましたよ~! 宮に戻りましょう~!」
組んず解れつ大騒ぎをしていた四人は、いっせいに風早のほうを見た。
「風早?」
「俺と那岐で作った、ファミレスメニューですよ~! ハンバーガーとポテトもどきもあります~!」
キャ~ッと飛び上がると、千尋は一目散に駆け出す。
「風早、また俺にわからん言葉を」
「ふぁみれす……」
「姫さん、待ってくれよ~!」
春の丘を、白いベールと花冠の千尋が駆けていく。
忍人はすぐに追いつくと、花嫁の華奢な手を取った。
目と目を見交わし、同時に歩調を落とす。
翼を持つ二人がそれを囲み、風早と那岐を交えた一同は柔らかな若草を踏みしめながら宮への道をたどり始めた。
「え~と、『ファミレス』は家族で食事をしにいく場所なんです」
「『メニュー』は?」
「おや、忍人、とっさによく聞き取りましたね」
賑やかな語らいが野に響く。
陽に透けるベール越しに千尋の笑顔を確認すると、忍人はもう一度、その手をしっかりと握り直したのだった。
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