真白き想い ( 1 / 3 )

 



「……白い……もの」

「は?」

「忍人様、何が欲しいんだ?」




思わずつぶやいた言葉を狗奴の兵士や足往に聞きつけられ、忍人は我に返った。




「白……ですか?」

「いや、何でも」

「雪はもう消えちまったから、あ、ネコヤナギとかか? あの木はそういう名前だって姫様が教えてくれた!」

「ネコヤナギ……」

「必要でしたら、すぐに探させますが」

「いや、何でもない。気にするな」




久々に閲兵に訪れた将軍を取り囲み、狗奴の兵士たちは自分たちに何かできることはないか、将軍を喜ばせる方法はないかとそわそわしていた。

そこで忍人が「白いもの」とつぶやいたものだから、本人そっちのけで額を集めて真剣に相談を始める。




「絹織物なら純白とはいかないが白いな」

「麻を『白』と呼ぶのは辛いか?」

「白色の勾玉や管玉ならば揃えられよう」

「やはり菓子のようなもののほうがよいのではないか」

「いや、花のほうが喜ぶに決まってる!」




「お前たち、いったい何の話をしている? 喜ぶというのは何だ」

忍人があわてて問うと、全員がくるっと彼のほうを見て言った。

「「「「「二ノ姫様に差し上げるのでしょう?」」」」」

「!!??」

一瞬、抗弁しようと口を開きかけたが、狗奴たちがすぐに相談を再開したためタイミングを逸した。

忍人はがっくりとうなだれ、ため息をつくと先日の会話を反芻する。



* * *



「ほわいと……? 何だそれは」

「ホワイトデー。バレンタインデーと対になる行事で、バレンタインデーに贈り物をもらった男性が、今度は女性に贈り物をするんです」

風早がにこやかに説明する。

それを興味深げに見守っていた柊は

「確か……三倍返しだと聞きましたが」

と口を挟んだ。

「三倍?!」

「柊、よく知っていますね」

「ええ。姫にバレンタインデーの返礼をするため、那岐に尋ねたのですよ」

「…………」

頭の中に、菓子の入った壷を三つ思い浮かべた忍人は、風早に

「やはり菓子がいいのか?」

と尋ねた。




「う〜ん、昔はマシュマロやキャンディー、クッキーなんかが主流でしたが、今は特にこだわらないみたいですよ。女性が喜ぶものなら、アクセサリーでもドレスでも」

「風早……!!」

「怒らない、怒らない。こういう言葉も少しは覚えてくださいよ、忍人。菓子じゃなくて、装身具や衣類やちょっとした小物を贈るのもありです。
『ホワイトデー』というのは『白』を意味するから、それにひっかけて白いものを選ぶのも面白いかもしれないな」

「……白い……もの……?」

「姫は手作りの菓子をお贈りくださったのですから、菓子を返礼にするなら忍人も自分で作るべきでしょう?」

「な!? 俺にできるわけないだろう、柊!」

「なるほど、それは一理ありますね」

「風早!」



* * *



風早は料理も巧みなので、自分で菓子を作るつもりかもしれない。

柊はどうでもいい。

だが、自分はいったい何を贈ればいいのか。

「……白い……もの」

あの会話以来ずっと悩み続けているので、ついつい口に出てしまう。

狗奴の兵たちが「ほんの参考までに」と集めてきた「白いもの」の山を前に、忍人のため息は深くなるばかりだった。




青く澄んだ瞳と黄金の髪を煌めかせる千尋(←すでにポエム入ってる)に、確かに白はよく似合う。

実家に頼めば、それなりの絹織物や装身具も揃えられるだろう。

だが、それでは先日の菓子への返礼にならない気がする。

多忙な公務の合間を縫って、手ずから菓子を焼き上げてくれた姫。

それに報いるには……。

「!」

不意に、忍人の脳裏に一つの光景が浮かんだ。

深い朝霧の中、歩み寄ってきた千尋がおずおずと差し出した「それ」。

忘れがたい思い出の場面の一つ。




「…………」

果たして、喜んでもらえるかどうかはわからない。

だが、今の忍人が一番贈りたいと思うものは「それ」だった。

「……習う……しかないか……」

忍人はもう一度ため息をつくと、自分に手ほどきができる唯一の人間のもとへと向かった。