魔法のベルが鳴るとき ~忍人・譲編~ ( 2 / 5 )
「や、弥生時代末期……?」
「に、近いね。僕たちが学んだ歴史とは微妙に違うけど。現に、この天鳥船なんて、ありえないだろ?」
「そ、そうだけど」
まずその衣装が違いますと、譲が心の中で突っ込みを入れるが、自分の居た平安末期もそうだったと思い、口にはださなかった。
簡単な説明を納得してくれた那岐には頭が下がる。
そしてこちらもこの体の人物と、場所についての説明を受けたのだけれど。
場所だけでなく人だけでなく、時代がまるっきり違うことに、譲がうなだれる。
しかも、こちらでも戦をしているというのだ。
そうして自分が入っている体――忍人の説明を聞いて、うろたえる。
「どうしよう……将軍だなんて、大切な立場だよな」
「まぁ、入れ替わったものは仕方ないよ。時が来れば戻るんだろ? だったら、おとなしくしていたら?」
「けど…大丈夫、かな」
「今は戦況も落ち着いているし、すぐにどうこうってことはないよ」
「けれど怨霊……荒魂、だっけ? それはいるんだろう? 戦わなくてもいいのかな」
「アンタの武器は弓だろ? 忍人は双剣。扱えるわけ?」
言われて首を振る。一本の刀でさえかろうじて、なのに。二本なんて無理に決まっている。
「忍人の体で弓を射ても、まぁそれなりにあたるかも、だけど。忍人は将軍だからね。違うことをされると、周囲が混乱する」
確かに、九郎が突然剣を持たずに弓だけで戦い始めたら、源氏の兵士たちは混乱するだろうと考え、譲が頷く。
「今は戦況も落ち着いているし、戻るまでおとなしくしていなよ」
「うーん」
「いやなの?」
戦いたいなんて物好きなという顔をすると、目の前の忍人の体に入った人物が、困惑気味に呟いた。
「お世話になるのに、何もしないのはなぁ……」
「アンタ、苦労性って言われない?」
那岐が呆れたように言った。
「じゃぁさ、戦闘以外に、何かできること、ある?」
「できること…料理は得意だけど」
「料理!?」
「ああ。平安時代でも現代の料理をいろいろ作って…」
「へぇ、それは喜ぶんじゃないかな。こっちの料理はあっさりしすぎてて、千尋には物足りないみたいだから」
「千尋?」
「アンタのいうところの『龍神の神子』だよ。平成育ちの、姫様」
へぇ、と忍人の体の譲が呟く。
「良かったら、何か作ってみる?」
「いいのか?」
「厨房に出入りできるよう、言っておくよ」
ニッコリと笑う那岐に、忍人の姿の譲は素直にありがとうと微笑んだ。
「千年……」
「とまではいかねぇけど。ここは、それくらい後の時代だな。この時代でも戦はあるが、まぁ、今は落ち着いている」
忍人から色々聞いた将臣が、大体の時代を予測する。そこまで詳しく知っているわけではないし、この時代のように自分たちが学んだ歴史ではありえないコトもあったので、あてずっぽうに近いのだが。
将臣の説明を受けて、この時代の仲間たちも頷いた。
「将臣くん、よくわかったね」
「お前はもう少し歴史と古典、やっておけよ」
「う……でもこの時代のを覚えて帰ったら、混乱しそう」
「はは、違いねぇ」
自分たちが習った歴史と微妙に違う。「ほぼ同じ」だから、余計に混乱しそうだ。
「だが、それが事実として、なぜ俺はここにいるんだ」
「あー、まずはそこからか」
将臣ががりがりと頭をかく。
「望美、朔、どっちか鏡もってねぇ?」
「旅をするのに、持ち歩いてないわ」
こちらの鏡は、大きくて重い。それも当たり前かと将臣が頷く。
「あ、私、元の世界でのなら、あるよ」
望美がコンパクトミラーを取り出す。
不思議そうにする忍人に、鏡を開いて見せた。
「ほら」
将臣に見せられて覗いたそこには、小さな円形の鋼のなかに、不思議な装身具をつけた少年の顔が描かれていた、ように、彼には見えた。
「この絵は何かの呪いか? お守りかなにかか?」
鏡に映った自分の顔を見てそういうのだから。
どこから説明しようかと、将臣は深いため息をこぼした。
「ここが厨房」
「へぇ……」
那岐に案内されて、忍人の姿の譲が来た。
「今は時間がずれているから、誰も使っていないし…あ、カリガネ」
「那岐か、珍しいな」
「まぁね。ちょうどいいや。彼に厨房の使い方、教えてあげて」
「は」
目の前の人物に、カリガネが固まる。
「よろしくお願いします、カリガネさん、でいいですか?」
にこやかに微笑んでお辞儀なんてするものだから。
カリガネの周囲の空気は一瞬にして氷点下になった。
それを見て、那岐が後ろを向いて笑いを堪えていた。
「僕は千尋たちを呼んでおくから」
「ああ。できるだけあちらの雰囲気のものを作ってみるよ」
「楽しみにしてるよ」
フリーズしたままのカリガネを見ながら、那岐は無責任に手を振ってそこから離れた。
さて、どうごまかそうか。
最初から説明する気のない那岐は、機嫌よく千尋を探し始めた。
弁慶と将臣の連携により、自分の――正しくはこの体の人物の立場と状況説明を受けた。
弁慶は源平の戦にはあまり触れず、今は怨霊と戦いながら熊野へ旅をしているのだと告げた。
「つまり、精霊の力でこの体の人物と入れ替わり、それは数日で戻るはず。その間は、そちらの神子を守り戦えばいいのだな」
どうにか理解し、そう告げる。
「戦えるのか?」
「ああ。俺は剣を二振り使う」
「二刀流かよ」
将臣が驚いたように言う。
「刀を用意してもらえれば、問題ない。怨霊とは、荒魂のようなものだろう。それならば、太刀打ちできる」
それを聞いた望美が哀しげな顔をする。
望美が何かを言うより先に、弁慶が譲の姿の忍人を止めた。
「いけません」
弁慶の言葉に、忍人が怪訝そうに視線を向けた。譲の姿で弁慶にそんな顔をするものだから、違和感ありまくりだ。
「怪我をされては困ります。その体は、貴殿のものではないのですから」
「戦うな、と?」
「彼の武器は弓です。優れた使い手でもありますが、貴殿は弓の使い手ではないのでしょう?」
「ああ。だが、この者も、多少は剣を使えるようだが」
自分が動くのに、それほど違和感を感じないのだから、それなりに鍛えてはいるのだろう。
そう思って、弁慶に告げるが、弁慶はゆっくりと首を振って言った。
「ええ、身を守る程度なら。けれど、貴殿ほどではない。貴殿は、達人の域とお見受けしますが」
「そこまでうぬぼれてはいないが、相応には扱える」
「その貴殿が剣を振るえば、元の体と同じように動こうとするでしょう。
けれど、この体は剣の動きになれていない。その差が、危険を呼び込む。
またその体ならば弓を的中させられましょうが、貴殿に心得がない以上、それを扱う感覚が分からず、ズレが生じる。
剣を扱うのと同様に、隙が生じ、危難を招く」
弁慶が言い切ると、譲の姿の忍人が顎に手を当てて考える。
「では、どうすればいい」
「幸い、今は戦がなく、怨霊退治だけですので。無事に元の体に戻るまで、彼の怪我を一つでも減らしてくださると助かります」
困惑したような顔をするので、弁慶が小さく笑った。
「彼は、戦い以外の部分で神子を支えてきました。貴殿もそうされてはいかがでしょう」
「戦い以外?」
「ええ。よく神子の世話をしていましたよ。あれこれ、助言をしたりして、支えていました」
「なるほど。では、俺なりに助言をするとしよう」
こくり頷く忍人に、仲間たちはほっと息をこぼして旅を続けるべく支度をする。
望美だけが、暗い顔のままだった。
「どうぞ、召し上がってください」
テーブルに並ぶ料理。
とてもおいしそうではあるのだけれど。
「姫さん、コレは何の冗談……」
「わ、私に聞かないで、サザキ……」
サザキと千尋が囁きあう。
厨房の近くを通りかかったら、料理を作る音が聞こえて、カリガネかなと思った。
那岐が、できたら運ぶから待っていなよと声を掛けてきたので、テーブルに就いていたら、やはり厨房で動くカリガネを見たと行ってサザキが隣に座った。
そうして料理を待っていたのだが。
入ってきた人間に仰天した。
目の前に座るので、お説教がくるのかと思ったら、テーブルに料理を並べて、にっこり笑って勧めてきたのだ。
ありえない。
いや、忍人とて微笑むことはある。
だが、こんな風に柔らかな優しい笑顔を向けることは、滅多にない。
そう断言してしまえるところが、哀しいけれど。
サザキと共に青くなると、忍人が不思議そうに首をかしげた。
「えっと、肉は嫌いでしたか?」
心配そうに、そう言う。
その言葉遣いに、表情に、血の気が引いていく。
扉の影からその様子を見ていた那岐は爆笑しながら離れていった。
熊野本宮を目指し(何故目指しているのかは、忍人には教えていない)、旅を続ける。
「おいでなさった」
「これが怨霊か」
目の前に現れた怨霊に、ヒノエが武器を構え、譲の姿の忍人が呟く。
彼は譲の弓を持ち歩いている。
戦う構えに入りかけた忍人に、弁慶が薙刀を構えて叫んだ。
「忍人殿、貴殿は身を守ることに専念してください!」
言われたとおり後ろに控えつつも、忍人は油断なく周囲の様子を警戒し、仲間らしき者たちの戦い方を見ていた。
怨霊を鎮め、封印する。
直後、背後から音が聞こえて、慌てて振り返る。
気付くと武器を構えた男達に囲まれていた。
「盗賊か」
「怨霊が居なくなったから、安心して出て来たってところか」
リズヴァーンと将臣が刀を構え直すよりも早く、譲の姿の忍人が弓を投げ捨てた。
「おい!?」
慌てて自分の近くの盗賊を叩きのめして駆け寄ると、後方で一番多く敵に囲まれていた居た忍人がゆらりと回るのが見えた。
舞うようにも見える動きの後、倒れる男達と、血が散った地面。
小太刀を持ったまま立つ譲の姿をしたものが、知らない生き物のように見えて、震えた。
「この…っ…化け物かっ…」
うめき声を上げながら、立ち上がり、襲い掛かる。
望美は反射的に、刀を持って走っていた。
気付くと、盗賊たちはすべて地に伏していた。
一方忍人の姿の譲も困っていた。
那岐に言われて、お昼がまだだと聞いたので、簡単に作ってみた。
パンとナンのあいのこのようなものに、ハーブを利かせた肉料理。付け合せにキノコの掻き揚げと、小芋の丸揚げ。
デザートはスフレを用意した。材料がないものもあるから、モドキ、だけれど。
「那岐は気に入ってくれたみたいだから、味は大丈夫だと思うけれど」
嫌かな、と不安そうに呟く。
「那岐?」
忍人の口から意外な名前が出てきて、首を傾げる。
「そう。あれ? 那岐から聞いてない?」
俺のこと、と呟いて、同じく首をかしげた忍人に、千尋が立ち上がった。
「那岐っ! どこよ!!」
「那岐さんなら、笑いながら部屋に戻らはりましたえ」
「夕霧! ありがとう!」
とっ捕まえてくる! と千尋が走り出す。
「相変わらず、元気やわぁ」
「夕霧、アンタ、事情を知っているのか?」
「さぁ? カリガネさんと一緒に、楽しそうに料理してはる忍人さんを見かけはしたけど」
そう言って、忍人の姿の譲の隣に腰を下ろす。
それを聞いたサザキはあんぐりと口を開き、譲はというと、忍人の顔でなにやら考えている。
顎に指を当てて思考する姿は、忍人そのものだ。
「どないしたん?」
「いえ……まずかったでしょうか。その、将軍が料理、というのは」
景時も、洗濯が好きなのを隠していたなと思い、そう言う。
「別にかまわへんとちゃう? まぁ、見慣れないから驚いたけど」
おいしそうやし、とスフレを見ながら言う。
「よければ召し上がってください」
自分の前に置いてあったスフレを、匙と一緒に渡す。
「ええの?」
「はい。俺はあまりおなかがすいていないので」
苦笑しながら答えると、目の前のサザキは気味悪そうにしたけれど、隣の夕霧は眉根を寄せた。
「夕霧さん?」
「んー、何でもない。ありがと」
美女が片目を瞑って微笑む姿に、譲もほんのりと頬を赤くして微笑んだ。
「あ、ありえない」
「珍しい光景だな」
「面白いですねぇ」
そんな様子を物陰から見詰め、青くなったり笑ったりするものたちがいた。
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