答えはもう出てる ( 1 / 3 )

 



「平清盛……ということは、平家か」

自分を庇護した貴族の名を聞いたとき、将臣は複雑な感情を抱いた。

平家が清盛の死後、源氏に滅ぼされたのは誰だって知っている。

ましてや鎌倉生まれ、鎌倉育ちの将臣だ。

もう少し細かいプロセスまで、幼いころから聞くとはなしに育ってきた。

「…お前は亡き重盛に似ている気がしてな」

老人の鋭い眼が、一瞬穏やかな色を宿す。

彼は今、平家の棟梁、清盛と対峙していた。




平重盛。

将来を嘱望されながら世を去った、清盛の長子。

歴史に「もしも」を問う意味はないとはいえ、「重盛が生きていれば、源平の勝敗は異なっていたかもしれない」とまで言われた人物。

「……悪いが、俺はそこまでの人物じゃない」

「当たり前だ。重盛がその辺に落ちているようなら、わしも苦労はせん」

にやりと笑うと、「知盛、重衡、あとはまかせたぞ」と背中を向け、透廊を渡っていく。

一代で太政大臣まで上り詰めた男の器は、見るからに大きかった。




「やれやれ。父上の気まぐれにも困ったものだ」

「兄上、平家の棟梁が決めたことは絶対です」

知盛、重衡と呼ばれたよく面差しの似た二人は、重盛の弟たちだと聞かされた。

年齢は、将臣よりも3つ4つ上である。

「え~と、で、俺は何をすりゃいいんだ?」

頭をかきながら将臣が尋ねると、

「平家は武家だ。剣でも稽古してはいかがかな、兄上」

と、知盛が答える。

「あ、兄上~?!」

「なるほど。重盛兄上の代わりならば、そう呼ぶのが筋ですね」

本気か冗談かわからない重衡の言葉に、

「よしてくれ! 年上の弟を持つ気はないし、俺にはちゃんと弟が……」

と、そこまで応えて言葉を途切れさせた。




「……将臣殿?」

重衡が問うように名を呼ぶ。

「…いや。何でもない。剣の稽古と言うなら、得物を貸してもらえるのか?」

「ほお……本当にやる気か」

知盛は冷やかな笑みを浮かべると、「ならばついてこい」と簀縁を歩きだした。

後に続きながら、将臣は心の中で呟く。

(俺にはちゃんと弟が……いるんだ。いたんだ、じゃない。今も、いるんだ。きっとどこかに)

あの激流の中、離れ離れになった譲と望美の行方は、いまだにわからなかった。



* * *



倶利伽羅峠では、何もできなかった。

初めての戦のさなかで、初めて人を斬り、初めて身近な人たちの死を目撃し、初めて理(ことわり)に背く怨霊の誕生を目にした。

それが平家を救うためと聞かされても、甦った人々の苦しみを見て、やはりこの選択は間違っていると思わざるを得なかった。

一人、また一人と戦いに倒れ、怨霊となり、平家は本来あるべき姿を失っていく。

そこまでしても渦巻く歴史の奔流は変わらず、源氏に都を追われ、遙か大宰府へと落ち延びた。

気づけば人々は、将臣を「還内府」と呼び始めていた。




「かえり……? どういう意味だ」

「先の小松内府、重盛殿が帰ってきたという意味でしょう。あの方は平家の希望でした。その希望を今、 一門はあなたに見出しているのです」

「まさか。俺は平家でもなんでもないぜ」

将臣の言葉に、経正は穏やかに微笑む。

「彼らの気持ちはわかります。将臣殿は叔父上の食客という不安定な立場にありながら、これまで裏表なく、一門のために身を粉にして働いてこられました。
この大宰府にあって、皆がまだ笑い、明日に希望を持てるのは、あなたが率先して畑を耕し、作物を育てられたからです」

「おいおい、畑仕事で平家の棟梁就任か? 重盛が草葉の陰で泣くぜ」

「私の言っている意味はおわかりのはずです」

「…………」

将臣は頭を掻きながら、経正に背を向けた。




そして、声のトーンを落とす。

「…前にも言ったが、俺はこの世界の人間じゃない。俺たちの世界じゃ、平家は源氏に滅ぼされちまってる。細かいところは違うにしても、ここまでの流れは、俺の世界で伝えられているとおりだ。
つまりこのまま進めば」

「早晩平家は滅びます、か」

あまりに平静な声に、将臣は思わず振り返って経正の顔を見た。

「それほど意外ではありません。平家の主だった武将の半数がすでに怨霊。理を乱す存在が、この先長く存在を続けられるわけがないと……誰よりも私自身がわかっています」

「経正……」

倶利伽羅峠でなすすべもなく失われた多数の命。

経正はその中の一人だった。

死反(まかるがえし)の秘術で怨霊として甦り、今、将臣の前にいる。




「将臣殿、この世は生者のものです。帝をはじめ、今、生き残っている一門を救うことこそをご優先ください。 そのためには、平家という名が消えようとも構いません」

将臣の目をまっすぐに見て、経正はそう告げた。

「経正……。お前、自分が言ってることの意味はわかっているのか?」

「はい。これが叔父上や惟盛殿の意に反することも、十分承知しています」

「…………」

ふっと眼を伏せると、将臣は微笑んだ。

「……サンキュ、経正。それがゴールなら、俺にもまだ打つ手がある」

「もとはと言えば平家は将臣殿に縁もゆかりもない一族。ご無理をお願いして申し訳ありません」

「お前、今さら他人扱いするなよ! 俺にはもうここの連中は家族だぜ」

明るい笑顔を見せると、将臣は思いきり伸びをした。

「さ~て、平家サバイバル作戦、どこから手をつけるか、だな」