ひらり。
紅葉が一葉、目の前に落ちてくる。
(……あれ……。なんか、デジャヴ……)
花梨は次の瞬間、我に返った。
学校の前の歩道。
季節は秋。
忘れようにも忘れられない、あの、京に召還される寸前の光景。
「……私、帰って……きたんだ……!」
思わず、声に出してつぶやいた。
制服姿で、カバンを持って佇む自分。
これまでの出来事がまるで夢だったかのように、周りにはどこまでも日常的な風景が広がっている。
「……違う……。夢のわけが……!……」
そのとき、ひとつの声が響いた。
「神子殿」
「!!」
ゆっくりと振り向いた先に、最愛の人が立っていた。
帰還 1
幸鷹は、京で仕立てたジャケットとパンツ、シャツで現代風に装っていた。
龍神が服装にまで配慮してくれるか怪しかったので、八葉と星の一族の二人がいろいろと手配してくれたのだ。
落ち着いた色の洋服は、彼によく似合っていた。
「幸……鷹さん。無事に……?」
おそるおそる、花梨が近づく。
「はい。どうやらご一緒に帰ってこられたようです」
優しい微笑み。
京でいつも自分を安堵させてくれた笑顔が、確かにそこにあった。
くしゃっと花梨の顔が歪む。
「神子殿!」
「よかった……! 幸鷹さんが一緒で本当によかった……!!」
慌てて駆け寄ってきた幸鷹のジャケットにしがみついて、花梨はポロポロと涙をこぼした。
幸鷹は懐から絹布を出し、その頬をそっと拭う。
花梨の鼻腔を、侍従の香りがくすぐった。
「神子……花梨さん」
「……ご、ごめんなさい。人が見たら驚きますよね」
「いいえ。長い間、さぞかしおつらかったでしょう。
あなたをこの世界にお戻しできて、本当によかった」
聞き慣れた穏やかな声。
激流にもまれ、心と身体がバラバラに砕けそうになったとき、いつも力強く励ましてくれた声だ。
通りがかる人にあまり不審に思われないよう、少し距離を取りながら、幸鷹は花梨の髪をゆっくりと撫でた。
温かく大きな手のひらが心地よくて、花梨は思わず目を閉じる。
しばらく沈黙の時間が流れた。
不意に学校の鐘が鳴り響く。
「……あ!」
花梨はぱちんと目を開いた。
「家に……帰らなきゃ」
「お送りしますか?」
「え……?」
幸鷹の顔を見上げる。
いつもと同じ穏やかな表情。
だが……
花梨は一番大切なことをようやく思い出した。
「神子殿?」
「私じゃなくて、幸鷹さんが……!」
カバンの中から慌てて携帯電話を取り出す。
幸い電池は満タン。
本当に、京に行く前の状態にすべてが戻っている。
「おうちの電話番号とか、覚えていますか?
住所とか、最寄り駅とかから調べましょうか?」
「……番号は……覚えています。まだ、その住所にいれば……ですが」
幸鷹の表情がわずかに翳った。
その顔を見て、花梨は幸鷹の感じている不安の大きさを知る。
当たり前だ。
彼は、この世界では8年も行方不明になっていたのだから。
頭をフル回転させると、花梨は口を開いた。
「幸鷹さん、とりあえず私の家に来てください。
そのほうが落ち着いて電話できるでしょう?」
「しかし、いきなりおうかがいしては、ご家族の方が驚かれるでしょう?」
もう、この人はどうしてこういう時にまで他人を気遣うのか。
花梨は大きく首を左右に振る。
「大丈夫です! うちは両親とも勤めているから、夜まで帰ってきません。
さあ、急ぎましょう!」
そう言うと、幸鷹の手をしっかり握って自宅への道を歩き出した。
|