輝きの草原 ( 1 / 2 )
小鳥のさえずりが聞こえる、明るい広葉樹の森。
淡い緑色の葉を透かして、眩しい陽光が降り注いでいる。
いつもは闇に溶けているその人の黒髪は、サラサラと風にそよいでいた。
思わず、ぽかんと口を開けて見とれてしまう。
「……どうした」
長い睫毛の下で、密やかに煌めく紫水晶の瞳。
そういえばこの瞳の色も、太陽の下での新しい発見だった。
「す、すみません。クラヴィス様と昼間に外を歩くのって初めてだから……」
「……そういえば……そうかもしれぬな」
クラヴィスは薄く笑うと、再び視線を前に向けた。
長い脚をゆっくりと前に運びながら、森の小道をたどっていく。
アンジェリークは急に不安に襲われた。
「あ、あの、本当によろしいんですか? こんな昼間に……」
「……どういう意味だ?」
「太陽光線が強いし、明るいし……」
ふうっと長いため息がクラヴィスの唇から洩れる。
「……アンジェリーク…私は吸血鬼ではない」
「あ、す、すみません!! 」
金髪の少女はいきなり真っ赤になって、蓋をするように両手を口にあてた。
しばらく言葉を探した後、おそるおそる口を開く。
「でも、その……服装までいつもと違うので、何だか申し訳なくて」
上目遣いにクラヴィスの顔を見つめ、そのまま視線を下へと落とした。
闇の守護聖の長身を包む仕立てのいいスーツ。
明るい色の上下と、濃い色のベストに、ネクタイまで締めている。
実際、この私服姿のクラヴィスを初めて見たとき、アンジェリークは声を失って金魚の如く口をパクパクさせてしまった。
優雅で、物憂げで、何より美しい。
(普通の人と同じ服を着ると、もともとの優美さがこんなに際立つんだ……!)
そう深く納得したのだった。
「……おまえとともにいるときは……こういう服装にするつもりだ……たとえ夜でもな」
ボソリとクラヴィスがつぶやいた。
「え?! どうしてですか?」
「…………走る……転ぶ…倒れる……」
謳うように紡がれる言葉。
それが自分の行動を示していると気づき、アンジェリークは再び真っ赤になった。
「す、すみません!! 私、ご迷惑を!」
「……別に……迷惑ではない。ただ、必要なときに動きやすくしておきたいのだ」
「必要……」
つまずいて、倒れかけた身体をフワリと包み込んだ漆黒の衣。
いまだに、どうしてあの距離でクラヴィスが間に合ったのかわからないが……。
「クラヴィス様……」
「……ん?」
「ごめんなさい。でも、私は夜の色のローブをまとわれたクラヴィス様もとても好きなんです。だから……そんなときはクラヴィス様が困らないように、精一杯おとなしく歩きますから、どうか、おやめにならないでください」
真剣な眼差しで訴えるアンジェリークを少し驚いたように見つめ、闇の守護聖は表情を緩めた。
「……おかしな娘だ。私が何を着ようと、たいした問題ではなかろう……」
「いいえ! 私は初めてお会いしたとき、クラヴィス様の優美で毅然としたお姿に感動したんです。今でもあの光景は忘れられません」
長い指を額に当て、クラヴィスは眉をしかめる。
「……優美……毅然……。ついぞ言われたことがないな……。不気味、暗いは定番だが……」
「ええっ? そうなんですか?! どうして? どこを見ればそんな!?」
クラヴィスはついに軽く吹き出した。
「クラヴィス様?」
「……多少、目がくらんでいるのだろう……ほかの者ではない、おまえがな……」
陽光を弾く、アンジェリークの金色の前髪に軽く触れる。
「私?!」
驚いて見開かれた少女の目に、闇の守護聖の柔らかな微笑が映り込んだ。
「……一人くらいはそのような者がいてもよかろう……。……今度はローブをまとうか……」
「はいっ!!」
しなやかな豹の脇を子ウサギが跳ねるように、二人は森の出口へと歩を進めた。
* * *
広く開けた草原には、穏やかな光が降り注いでいた。
晴れ渡った青い空を、真っ白な雲がゆっくりと流れていく。
一面の草野原の中にある、小島のような木立。
木製のベンチとテーブルがしつらえられたそこが、今日の目的地だった。
「……風が……渡るな……」
絹糸の黒髪を風に遊ばれながら、クラヴィスがつぶやく。
テーブルの上でバスケットを開いていたアンジェリークは、「気持ちいいですね」と微笑んだ。
この少女の言葉は、自分のまわりの世界の色を変えていくようだ。
クラヴィスは澄んだ声を聞いて思う。
闇が支配する風景に、光と色彩を少しずつもたらしてくる。
空が青いことも、草原が緑であることも、ずいぶんと長い間、忘れていた気がする。
昔、もう一人の金の髪の少女と湖を眺めた、あの頃から……。
「あの……お口に合うかどうかわかりませんが……」
アンジェリークが、少しもじもじしながらテーブルを指し示した。
クロスの上に、手作りらしい料理が並べられている。
「……すまぬな……」
礼を言ってベンチに腰掛けたとき、少し強めの風が吹きつけた。
クラヴィスの豊かな黒髪が揺れ、一部が顔にかかる。
慣れたしぐさで髪をかき上げると、向かいに座っていた少女が立ちあがった。
「クラヴィス様、よろしければこれで……」
「……?」
手のひらに載っていたのは、銀色の細い組み紐。
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