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色づく季節 ( 2 / 2 )

 



「前言を撤回する」

「……え」

堅庭の四阿に、並んで腰掛けながら忍人が言った。

「君に泣くなと言っても無駄なようだ。
ならば……執務に差し障りのない時間に、思い切り泣けばいい」

「……はい……」

赤く泣き腫らした目を前髪で隠すようにうつむいて、千尋は小さく答えた。

「ただし、臣下や兵の前では常に毅然としていろ。それは王たる者の義務だ」

「……わかって……います……」

声がますます小さくなる。




忍人は千尋の横顔をじっと見つめて、口を開いた。

「だが、俺のことは気にするな。もう、君が泣き崩れるのを見てしまったからな」

「……?」

前髪がかすかに揺れる。

「君が脆いことも弱いこともわかっている。だから……泣きたいときには俺を呼べばいい」

「……? それ……?」

ようやく千尋が顔を上げ、忍人の生真面目な瞳を見つめ返した。




「もうわかっただろうが、俺は君を慰めたりしない。『君は悪くない。もう何も心配しなくていい』……そんな言葉がいったい何になる? 
王たる者は、他人に耳を傾けても、それにすがってはならない。選択をするのも、その結果を受け止めるのもすべて君自身だ。誰も代わることはできない」

「……はい」

不思議なほどまっすぐに、忍人の言葉が胸に届く。

「だから、君が慟哭するときも、俺は傍らにいるだけだ。君が君の力で困難を乗り越えるのを見守ることしかしない。だが……」

忍人は一瞬ためらい、ふっと視線を逸らした。

「……忍人さん……?」

千尋の問い掛けに、一言つぶやく。

「……君のそういう姿は、俺にだけ見せればいい」

「!!」




涼やかな秋風が四阿を吹き抜ける。

遠く見える山の端は、少しずつ夕暮れの色に染まり出していた。

かすかに頬を上気させた忍人は、千尋に視線を戻す。

そして驚いた。

「な……! どうしてそんなに赤くなっているんだ」

「す、すみません。だ、だって……」

千尋は、首まで薄紅色に染まっていた。

「ご、誤解をしないでくれ。その……君がどれだけみっともなく泣いても俺は驚かないということだ。たとえ鼻水と涙で服を汚されようと……」

「え?! 私、汚しちゃいましたか?! すみません!」

「そんなことは何でもない! 俺は君の臣下なのだから、俺のすべては君のものだ。何も遠慮など……っ!? おい、なぜまた赤くなる?!」

「だって……!」



* * *



「……一つ質問があるのだが」

「なんでしょう、アシュヴィン。俺で答えられることなら」

「……この船では、龍の姫と葛城将軍のいる場所に入っていくことは禁じられているのか?」

堅庭に出る階段の下で、風早はにっこりと微笑んだ。

「おや、気づきましたか」

「さすがにこれだけの人数に押さえ込まれると、な」

アシュヴィンは自分の両手両足にしがみついている、サザキ・布都彦・遠夜・足往を面白くなさそうに一瞥した。




「だが、俺の見たところ、あの二人はまだ寝てもいな……」

「堅庭で昼寝できないんなら、僕は部屋に戻る」

那岐がそう言いながら、アシュヴィンの横を通り抜けた。

「!!」

突然、アシュヴィンの膝が落ちる。

「あ、ごめん。鬼道の術が暴発した」

「殿下!」

「アシュヴィン殿!」

何事もなかったかのように那岐が去り、リブと布都彦がアシュヴィンを助け起こした。

「お気をつけください、アシュヴィン殿。那岐のあの技は、『けーわい』というものを検知して発動するのだそうです。私も何度か食らって……」

「ああ、もういい! この船の規則はだいたいわかった!」

布都彦を脇へ押しやり、アシュヴィンはリブになだめられながら靴音高く去っていく。




「さ、みんなもそろそろ部屋に戻ってください。俺は隠し部屋で盗み聞きしているはずの柊をつまみ出しに行きますから」

風早が明るく宣言すると、サザキが目を剥いた。

「な! あのおっさん、どこまで変態だ」

「ああ……残念ながらまったく反論できませんね」

(風早、ここはオレが引き受ける)

「よろしく頼むよ、遠夜。不審者はその鎌で退治してくれていいから」

(わかった)




死神のような大鎌を携えた遠夜が見張りに立ち、堅庭への道は完全に閉ざされた。

その庭ではいまだに、全身を真っ赤に染めた千尋と、ほんのり赤くなった忍人とのかみあわない会話が続いていた。




秋風の中、熊野に船が降り立ったのはその翌日のこと……。






 

 
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