"I love you."は言えなくて

 



「幸せになってください」

譲くんはそう言うと、少しだけ寂しそうに微笑んだ。

胸が……つぶれるかと思った。

背中を向けて立ち去ろうとする彼の袖を思わずつかむ。

「……先輩?」

「なんで? どうしてそんな他人事みたいに言うの?」




平家との和平が為り、ようやく戦の日々が終わりを告げた。

各地に残る怨霊を浄化することで、白龍の力は日々高まっている。

元の世界に戻れる可能性が、少しずつ現実味を帯びてきた。

満月の今夜、私は譲くんと庭でそのことについて話していた。




「将臣くんは帰るのかな? 平家のこと、まだいろいろ気になるみたいだけど」

「そうですね。こちらに残ると言い出しても不思議じゃないな」

「これだけ長くいると、それも選択肢のひとつかなって思うものね」

「先輩……」




突然、腰掛けていた階から譲くんが立ち上がる。

「譲くん?」

「それが……あなたの選択なら」

「え?」

「たとえそばにいられなくなっても、俺の望みはただ一つですから」

「ゆず……?」

「……幸せになってください」

ズキンという音を立てて、胸がつぶれそうに痛んだ。

比喩なんかじゃなく、こういうとき胸は本当に痛むのだと知った。




「なんで? どうしてそんな他人事みたいに言うの?」

「さすがに……そばにはいられませんから」

「譲くん、何か誤解してるよ」

「いえ、わかってるつもりです。もうずっと前から、本当はわかっていました」

「譲くん」

「どうか俺があなたの幸せを願うことだけは、許してください。俺には……それだけで十分です」




また背中を向けようとする彼の袖を強く引っ張って、私は思い切り顔を寄せた。

「全然わかってないよ! 私は一人でなんか幸せになれないよ?」

「ええ、ですか…」

「私を幸せにしてくれるのは譲くんだよ? これまでも、これからも! ずっと!!」

「!!」

「……やっぱり、わかってなかったよね?」




ぎこちなくうなずいた後、急に力が抜けたように階に座り込む。

その譲くんの胸に、私はぎゅっと抱きついた。

「せ、先輩……」

「だから言い直して。さっきと違う言葉を聞かせて」

しばらくためらった後、譲くんは腕をゆっくりと背中に回した。

「……先輩、俺と……俺と一緒に幸せになってください」

「うん…」

耳元にささやかれた声のくすぐったさに微笑みながら答える。




私たちの世界に戻っても、たとえ戻らなくても、私の幸せはいつも譲くんと共にあるから。

その想いが伝わったのか、譲くんの腕が少しだけ強く私を引き寄せてくれた。








 

 
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