初恋 ( 7 / 7 )
「先輩?! どうしたんですか?! どこか痛いんですか?!」
譲くんの慌てた声が聞こえる。
いきなり溢れ出した涙に、一番驚いているのは私だ。
譲くんの言葉を聞いた途端、胸が激しく締めつけられた。
甘く切なく、強い想い。
心細さと、安堵感と、人を恋うる気持ちと、拒まれる痛みと。
譲くんが差し出してくれた手ぬぐいで涙を拭いている間も、感情の奔流が全身を駆け巡っていた。
「……先…輩…?」
しばらく後、譲くんがおそるおそる声をかけてきた。
気づけば、涙は止まっている。
まるでプールで泳いだ後のような疲労感。
「…ごめん……もう、大丈夫」
照れ隠しに、少し笑って見せた。
息を詰めていた譲くんは、ほっと一息吐くと、
「よかった…」
と微笑んだ。
突然、胸が大きく鼓動を打つ。
いつも見慣れている表情のはずなのに。
頬が赤くなるのを止められない。
「あ、あの、譲くん」
両手で顔を隠しながら言う。
「はい…?」
「や、やっぱり今日は休む!」
「ええ、そうしてください。まだ心配ですから」
「それでね」
私は思い切って彼の顔を見た。
「い、一緒にどこか出掛けない? 朔が縫ってくれた小袖を着てみたいの」
彼の動きが止まる。
驚きだけではない複雑な表情。
しばらく後、ふっと顔を曇らせた。
「……大丈夫なんですか? 邸で休んでいたほうが…」
「大丈夫だよ、散歩するだけだから!」
元気よく答えた後、「あっ」と付け加える。
「……着物と草履だから、歩くの遅くなっちゃうけど…」
「そんなの俺はかまいませんよ」
柔らかく微笑まれて、また鼓動が速くなった。
「じ、じゃあ、支度してくるね」
赤い顔を悟られないようクルッと背を向けた。
* * *
彼女が駆けていく。
小袖を着てみせたことを覚えていないのだ、やはり記憶は失われたままなのだろう。
それでもさっき、俺が偶然口に出した言葉に溢れた涙は、あの日々が心のどこかに残っている証拠のように思えた。
「…未練だな……」
思わず苦笑いする。
宇治川に飛ばされてから3カ月。
本当の先輩と俺との間には、何も起こっていない。
けれどたとえ何があっても、二度と彼女を傷つけることはするまいと、心で固く誓っていた。
あなたが俺のせいで涙を流すことがないよう、俺があなたの涙を少しでも拭えるよう……。
あなたの中で永遠の眠りについた、あのひたむきなもう一人の彼女ごと、あなたを守っていこうと……俺は強く決意していた。
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