現代人トーク1 ( 2 / 2 )
「……まあ、ほかの八葉さえちょっかい出さなければ、俺だってゆったり構えるんだが……いろいろと油断ならないからな」
天真がぽつりと呟いた。
「八葉…? あの友雅さんっていう人か?」
ズラリと八葉が居並ぶ中でも、圧倒的な色香を放っていた地の白虎の名を挙げる。
「…友雅は、もちろん油断ならねえが、直近では永泉がな」
面白くなさそうに天真が言った。
「永泉…さんって、え? あの人、お坊さんじゃないのか?」
少女のように可憐で、儚げな容貌の天の玄武。
敦盛も黙っていれば美少女だが、さすがに武士の血が流れているだけあって、表情や所作はキビキビとしている。
「すげえダークホースだろ? あいつ、女に警戒心を抱かせないタイプだから、何のかんのとあかねに近づくんだよな。で、真っ赤になってみたり、心配させてみたり、俺にはない芸風であかねにっ…!!」
「お、落ちつけ、天真」
立ち上がった天真を譲がなだめる。
「でも、あかねは気づいてないんだろ?」
「………まあな。その辺りはニブさに感謝なんだが…」
ふーっと息を吐いて再度椅子に座る。
「とにかく油断ならないんだ」
「…そうか…。確かに、先輩は敦盛のことも結構親身に面倒見てるな…気をつけないと」
譲がぶつぶつ言っていると、天真がストレートに尋ねた。
「で? おまえの最大のライバルは? 兄貴か?」
ズ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン
今度こそ、地の底まで潜ってしまいそうな勢いで譲が落ち込む。
「あ、悪い。俺、また核心ついた?」
「て〜〜んま〜〜〜〜〜〜」
「いやあ、だって無敵じゃん? 同じ世界の出身で、もとは同い年だけど今は3つ上で、剣の腕は立つし、気さくだし」
「そうだよ! 無敵なんだよ!!」
吐き捨てるように言うと、クルリと背中を向けて黙り込んでしまう。
「…でもよ〜。気楽に口がきけるから、イコール好きって訳じゃないんだぜ」
「…?」
「そんなんだったら、俺なんかとっくに彼氏決定だ」
「…天真」
思わず振り向くと、天真が卓の上にベターッと上半身を伏せていた。
そのままくぐもった声で続ける。
「あかねがこの世界に来て、最初に好きになった奴。だれだと思う?」
「……さあ…。口がききにくい相手なのか?」
「…鬼だよ、鬼。俺たちは、そいつと戦ってるんだぜ。よりによってその首領に惚れたんだよ」
「えっ…!」
(それって、先輩が還内府を好きになるようなものか?)
とっさに、自分たちの世界に置き換えてみる。
(いや、でもまさか、そんなことは起きるはずが…)
「な、落ち込むだろ?」
「あ、ああ……。で、その後はどうなったんだ」
譲が話の先を急かすと、天真は体を起こした。
「頼久が鬼に斬られたり、いろいろとひどいことをされて、あかねはもうそんな気持ちなくなったって言うけどな……」
いまひとつ納得できていないという口調。
「…そうか」
譲も、胸にわき上がる嫌な予感を抑えられなかった。
「ま、いい。神子の鈍さに振り回されてるのが俺だけじゃないってわかって、少し気が軽くなったぜ」
天真が勢いよく立ち上がる。
「天真? 話ってそれだけなのか?」
譲が戸惑ったように言うと、天真がクスッと笑った。
「考えてもみろよ。こんな話、ほかの誰にも出来ねえだろ?」
「……確かに」
同じ現代から来て、それぞれの神子に想いを寄せる者同士…。
「だから俺は助かった。礼を言うぜ」
「あ、ああ」
譲も立ち上がる。
「しかし譲、相手は鉄壁の鈍さを誇る龍神の神子だ。告白しない限り永遠に気持ちは届かないぜ。っていうか、告白しても通じないんだから……」
言いながら、天真はひとりで落ち込んでいく。
「…わかってる。でも俺は、今の関係を壊すのが怖いんだ…」
譲は静かに答えた。
毎朝明るい笑顔で微笑んでくれる望美。
遠慮なくわがままをぶつけ、すねたり、怒ったり、泣いたり、くるくると変わる表情をすべて見せてくれる幼なじみ。
もし、告白することですべてを失ってしまったら……。
「そんなに抑えつけてると、いつか暴発するぞ」
「縁起でもないこと、言わないでくれよ」
邸に入る直前、思い出したように譲は言った。
「そうだ、天真。ひとつ忠告してもいいか」
「ん?」
「きみはライバルの数に入れてないみたいだけど、詩紋だってあかねのこと、好きかもしれない」
「何っ?!」
天真は顔色を変える。
「俺と一つしか違わないんだし、好きになるのに年齢なんて関係ないだろ?」
「……!!…」
天真は絶句した。
そしてしばらく後、
「……譲。おまえ、何食ってそんなにでかくなったんだ」
「身長は関係ない」
「詩紋と一つ違いなんて、考えもしなかったぜ」
バリバリと頭をかきむしる。
「わかった。油断はしねえよ」
「健闘を祈る」
クスッと笑って譲は扉に手をかけた。
そのときふと、頭の中をあどけない白龍の姿がよぎる。
(まあ…俺も白龍に嫉妬するようになったらおしまいだろうけど)
苦笑しながら、扉を開く。
その日が案外近くに迫っていることを、譲はまだ知らなかった。
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