月下美人 ( 1 / 2 )
「……月下美人…?」
「はい。この週末に咲くそうです」
夕刻。
執務を終えたクラヴィスと、育成の依頼を済ませたアンジェリークは聖殿のテラスにいた。
辺りは薄暮に包まれ、二人の座るテーブルには色ガラスのホルダーに入ったキャンドルが灯されている。
手元のハーブティーから、うっすらと湯気が立ち上っていた。
「……それで?」
「あ、あの……よろしければ、見に行きませんか?」
頬をバラ色に上気させ、思い切ったようにアンジェリークが言う。
無表情にその顔を見つめた後、クラヴィスは尋ねた。
「……なぜ…?」
「ええっ? あ、あの、闇に映えるとても美しい花なんです! 1年に1日だけ、ほんの数時間花開くだけで、神秘的で、その、よ、夜ならクラヴィス様もご一緒に見られるかと……」
「……なぜ…?」
「え?」
どうやらクラヴィスは違うことを聞いているらしいと、アンジェリークは気づいた。
闇の守護聖は、大儀そうにティーカップの縁に指を滑らせている。
「……私は別に、昼間外を歩けないわけではない……」
「え? は、はい、そうです……ね。あまり……お好きではないかと…勝手に思って……」
眉間に縦皺が寄り、ため息がこぼれた。
「……どうしてもと言うなら……真っ昼間のひまわりでも見に行く……」
「………?」
「……遠慮はせずともよいということだ。……確かに夜のほうが気は楽だがな……」
「は、はい……????」
この世の終わりのような渋面だが、どうやら出かけることを承知してくれたらしい。
アンジェリークはほっと一息ついて、にこりと微笑んだ。
「では、土の曜日にお屋敷にお誘いにうかがってもよろしいですか? それとも、マルセル様のお屋敷で待ちあわせますか?」
沈黙。
今度のは長い。
今の問いかけに何か問題があっただろうかと、少女は忙しく頭をめぐらせる。
「あの、お好きな時間にマルセル様のお屋敷にお越しいただければ、別に、時間は決めなくてもいいんです。でも満開になるのが夜9時から10時ぐらいだそうですから、それまでにはぜひ……」
「……8時……」
遮るようにクラヴィスがつぶやいた。
「え? そんなに早くいらっしゃいますか?」
「……までには迎えに行く……」
「む、むかえ?!」
「……遅いか?」
アンジェリークは首をブンブン左右に振って否定した。
「……そうか……では、その時刻に……」
「は、はい!! ありがとうございます!!」
二人のやりとりを、少し離れた席で聞いていたオリヴィエは、たまらずに吹き出した。
「オリヴィエ、聞こえますよ」
一緒に座っているリュミエールがたしなめる。
「大丈夫よ〜」
と、両手を上げ、伸びをしながらオリヴィエが言った。
「ま〜ったく、内容だけ聞いてるとえらく熱烈な告白合戦なのにね〜。なんかテンポが合ってないっていうか……ほんと、聞いてるほうが恥ずかしくなるわよ、あの二人!」
パタパタと手で顔をあおぐ。
「……けれど、クラヴィス様は、お気にされていないようですよ」
横目で様子を見ながら、リュミエールは微笑んだ。
あちらのテーブルではまだ、表情豊かな女王候補と無表情な闇の守護聖の会話が続いている。
「ま、私が言うのもなんだけど、究極のマイペースだからね。でも、クラヴィスがあんなにかわいいこと言うなんて意・外☆ 真っ昼間のひまわり畑に連れていきたいもんだよ」
クスクス笑うオリヴィエ。
水の守護聖は少し身を乗り出して言った。
「……案外とお似合いになるかもしれませんよ。アンジェリークと語り合っているお姿だって、昔は想像がつきませんでしたから」
クラヴィスに嫌われたと泣きじゃくっていたアンジェリーク。
あれからまだほんの数週間だというのに、最近は二人で話している姿をよく見かける。
深い絶望と虚しさに彩られていた紫の瞳の奥に、微かに揺らめき出した光。
リュミエールはクラヴィスに会うたび、彼が少しずつ変わっていくのを感じていた。
「あら〜、リュミちゃん。旦那を取られたにしては寛大な発言だね」
「だ、旦那などと……」
「ま、悪いことじゃないよ。確かにね」
オリヴィエは、バチンとウインクしてから立ち上がった。
「さてと、月下美人ねえ。あんたはせいぜい、あの御仁が遅刻しないよう、お尻をたたいておあげよ」
「オリヴィエ、わたくしはクラヴィス様の母親でもないのですよ」
同じく立ち上がりながら、リュミエールが釘を刺す。
女王候補と闇の守護聖を残して、二人の守護聖はテラスを後にした。
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