2人の白虎(2) ( 3 / 4 )
「幸鷹さん!」
新幹線のホームで、花梨が片手を上げて呼んだ。
タタタと軽やかな足音をさせて駆け寄ってくる。
「花梨、そんなに急がなくても大丈夫です」
「はあい」
満面の笑顔。
少し離れて見ていたあかねは、鷹通にそっと囁いた。
「…私も、鷹通さんに呼ばれるとあんな顔するのかな」
「ええ。輝くような笑顔を浮かべてくださいますよ」
「……」
あかねは無言で赤くなる。
天真と詩紋とは喫茶店で別れ、あかねと鷹通は幸鷹とともに京都駅に来ていた。
幸鷹から事情を聞いたらしい花梨が、目を丸くしてこちらを見ている。
あかねより百年後の龍神の神子。
たった一人で京に召喚されたという。
「では、参りましょうか、あかね殿」
「は、はい」
ドキドキしながら2人に近づいていく。
花梨も、幸鷹にうながされてあかねの正面に立った。
一瞬、無言で見つめあう。
「こ、こんにちは」
花梨が、弾かれたように言った。
「こんにちは。初めまして」
あかねも返事をする。
いきなり、花梨が飛びついて来た。
「あ、あかねさん…? 百年前の龍神の神子? ああ、どうしよう。私、ずっと尊敬してたんです。憧れてました」
「ええっ?!」
意外な言葉にあかねが驚く。
「私たちの時代の京で、あなたは伝説の龍神の神子として伝えられていたのです。その類い稀な力で京を救ったと」
幸鷹が説明した。
「私…私、ちっともうまく神子の役目を果たせなくて、深苑くんにも力が足りないってよく怒られて」
「神子殿」
久しぶりに、その名で幸鷹が花梨を呼んだ。
「落ち着いて。あなたは立派に役目を果たしておられましたよ」
「幸鷹さん……」
「よろしければ、落ち着ける場所に参りませんか? 花梨さんも長旅でお疲れでしょう」
鷹通が穏やかに提案する。
花梨はびっくりして彼を見ると、思わず幸鷹と見比べた。
「…あなたは…?」
「藤原鷹通と申します。あかね殿の八葉を務めておりました」
「天の……白虎…?」
「はい」
花梨が幸鷹の腕にぎゅっとすがる。
「花梨?」
「…やっぱり……天の白虎って、同じ雰囲気の人がなるんですね」
鷹通と幸鷹はお互いを見て苦笑した。
「私は鷹通殿の年齢のとき、こんなに落ち着いてはいませんでしたよ」
「いえ、私こそ。わずか23歳で中納言と検非違使別当を兼帯されるなど……想像もつきません」
「さ、鷹通さんも幸鷹さんも、座れるところに行きましょ! ね?」
あかねが明るく言って、4人はようやくホームから歩き出した。
* * *
あかねと鷹通が幸鷹たちを案内したのは、個室のように仕切られた洋食店だった。
それぞれがノンアルコールドリンクと食事をオーダーする。
夕食
時間にはまだ早いため、客の姿は少なく、レイアウト的にもほかの客に話を聞かれる心配はなさそうだった。
店員と知り合いらしい二人が、そのように計らったのだろう。
「なるほど。鷹通殿が京からこちらに来られて、もう1年以上になるのですね」
届いた飲み物を片手に、幸鷹が感心したように言った。
「なのになかなか言葉の癖が抜けなくて……あかね殿にご苦労をおかけしています」
「私、苦労なんてしてません!」
あかねが慌てて否定する。
この少女は、たった一人でやってきた鷹通のことを、こうしていつも気遣っているのだろう。
温かい気持ちになっていると、花梨がぽつりと言った。
「……でも、ちょっとうらやましいな…」
残りの3人がギョッとする。
「何が…ですか? 花梨」
幸鷹が内心の動揺を抑えながら尋ねた。
「だって、鷹通さんとあかねさんって2つ違うだけでしょう? 高校生が大学生とつきあってても問題にならないし。なのに、私と幸鷹さんがつきあうと」
「花梨」
「ああ……そっか。そうだよね」
あかねが納得した。
「…じゃあ、私が友雅さんと現代に来ちゃったりしたら、大問題だったんだな」
「あ、あかね殿!」
今度は鷹通が狼狽する。
「友雅さん?」
花梨が不思議そうに尋ねた。
「地の白虎で、八葉で最年長だったの。多分、30歳くらいかなあ」
「翡翠さんと同じだ。私たちの地の白虎も最年長で、そのくらいの歳。でね、すっごく」
「「プレイボーイ!」」
同時に言って、2人は笑い転げた。
それを複雑な表情で2人の天の白虎が眺める。
「……やはり……そういう方だったのですか」
「ええ…。その上、海賊でお尋ね者でしたから」
「え?」
あかねが幸鷹のほうに顔を向ける。
「幸鷹さんは検非違使のリーダーだったんでしょう?」
「ええ。なのに同じ白虎が指名手配犯なのですから、いろいろと困りました」
はあーっと鷹通とあかねが一緒に溜め息をつく。
「鷹通さん、友雅さんがまっとうなお仕事していてよかったですね」
「まっとうにはされていませんでしたが……そうですね」
鷹通がクスリと笑った。
「地の白虎、橘友雅殿は左近衛府の少将なのです。帝の信頼も篤く、同じ内裏に仕える者として、いろいろとご助力いただきました」
「これは想像なのですが……」
幸鷹が鷹通を眺めながら言う。
「はい?」
「しなくてもよい世話までしようとされませんでしたか……その、特に女性方面の」
「あ……まさか、翡翠殿も」
幸鷹がコホンと咳払いした。
「完全に遊んでいましたね。私をからかうのが楽しくてしょうがなかったようです。何度か斬って捨てようかと思いましたよ」
「ゆ、幸鷹さん、それは……」
花梨が横で苦笑いした。
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