2人の白虎(2) ( 1 / 4 )
「どちらかお探しですか?」
涼やかな声に振り向くと、高校の制服を着た少女が立っていた。
京都市の郊外にある名門大学のキャンパス。
歴史と伝統が息づくその構内は広く、複雑な作りをしていた。
「ええ……視聴覚室を探しているのですが」
(この大学に付属高校があっただろうか?)
と、考えながら幸鷹は答える。
「あ、もしかして学会の発表会ですか? あちらの棟に看板が出てましたよ」
少し離れた高い建物を指しながら、少女は言った。
(発表会……そんな大げさなことになっているのか)
知り合いの教授から、内輪で研究成果の発表をしてほしいと頼まれ、今日この大学に足を運んだのだが、内輪というのはかなり大きいものらしい。
ふうっと思わず溜め息をつくと、少女はその意味を誤解して
「遠く見えますけど、そんなでもないですよ。そうだ、近道を教えましょうか?」
と言った。
「え?」
「どうぞ。ご案内します」
軽やかに歩き出した彼女に「誤解です」と言うこともできず、幸鷹は同行することにした。
邪気のない明るい笑顔は、どこか花梨を思わせる。
「あなたは…付属の生徒さんですか?」
さっきからの疑問を尋ねてみた。
「あ、この大学、付属高校はないんです。知り合いが通っているので来る機会が多くて」
「元宮さん!」
言っているそばから声がかかった。
「これ、藤原さんに渡してほしいんだけど」
封筒に入った書類を、女子大生が少女に差し出す。
「え? 私が預かっちゃっていいんですか?」
「誰に頼むより確実でしょ」
ひとつウインクして、彼女は背を向けた。
少女の頬がほんのり染まる。
「…お知り合いは、藤原さんという方?」
幸鷹は、柔らかい笑みを浮かべて言った。
「え? は、はい」
「私も藤原と言います。そう多い名前でもないのですがね」
彼女はびっくりして幸鷹の顔を見た。
「……親戚……とかじゃないですよね。でも、何となく雰囲気が似てます」
「私が? それは光栄ですね」
多分、その男性はあなたの想い人なのだろうから……と、幸鷹は心の中でつぶやく。
「あ、ごめんなさい。こっちです」
彼女は本来の目的を思い出し、廊下を歩き出した。
* * *
発表を終えて、ひとしきり教授や知り合いへの挨拶を済ませた後、幸鷹は正門へと足を向けた。
花梨の新幹線が着く時間まではまだ余裕がある。
せっかく京都まで出張したのだから、この週末は一緒に思い出の場所を巡ろう--と、2人で計画したのだ。
市内まで戻ってどこかで時間をつぶすつもりでいると
「発表、終わったんですか?」
と、声をかけられた。
振り向くと、さっきの少女……元宮あかねが立っている。
さっきと違うのは、その後ろに穏やかな微笑みを浮かべた男性が立っていること。
「ええ。先ほどはお世話になりました」
幸鷹も、柔和な笑みを返した。
「鷹通さん、さっき話した藤原さん。東京からいらしたんですよ」
「藤原鷹通と申します。初めまして」
礼儀正しく深々とお辞儀をする。
20歳前後だろうか。
自分よりは若い、けれど確かに何か共通したものを感じさせる青年だった。
「藤原幸鷹です。先ほどは元宮さんに助けていただいて」
「あかねさんは私よりも構内に詳しいのです」
彼女のほうをチラリと見ながら鷹通が言った。
「歩き回るの、好きですから」
あかねがうれしそうに答える。
「藤原……紛らわしいですから鷹通さんでよろしいですか?」
「ええ、もちろん」
「鷹通さんは在学生でいらっしゃるんですか?」
「はい。まだ1年です。普通の方より遅く入学しましたので」
「でも、来年飛び級するんですよ。3年で大学を出ちゃうなんてもったいないですよね」
あかねが横から解説する。
「できれば2年で出たいのですが、システム的に難しいらしくて」
鷹通の希望は、あかねと正反対のようだった。
「日本はそうですね。欧米では10代前半の大学院生などざらにいますが」
「幸鷹さんは、大学院にいらっしゃるんですか?」
あかねが無邪気に質問した。
だが、この問いに答えるのは難しい。
いつものためらいを感じつつ、幸鷹は言った。
「私は……ブランクが長かったので、院生をしながら教授の助手も務めています。研究者の端くれにようやく加わったところです」
「もしかして…一度社会で働いていらしたのですか?」
鷹通が尋ねる。
「…ええ……公務員のような仕事を」
「私もです。どういったお仕事ですか?」
「鷹通さん、あんまりお引き止めしちゃ…」
身を乗り出して尋ねる鷹通を、あかねが引き止めた。
「ああ……失礼いたしました」
案外情熱的なのだな…と、幸鷹は目の前の青年を見ながら思った。
そして、
「私は、待ち合わせ時間までどうやって過ごそうか考えていたところなので、構いませんよ。お二人のほうこそ、大丈夫なのですか?」
と、答える。
結局、大学のそばにある喫茶店に場所を移して、もう少し話すこととなった。
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