2人の白虎 ( 1 / 4 )
ふっと目の前をよぎった影に、幸鷹は懐かしさを覚えた。
京では見慣れた、自らも手にすることが多かった長弓。
弓に秀でた地の青龍の面影も浮かんだ。
丁寧に包まれたそれを、静かに手に取る。
「すみません! ぶつかりませんでしたか?!」
弓の持ち主らしい若者が、階段の上から走ってきた。
駅のホームへ向かう階段の途中。
荷物を持ち替える際に手を滑らせたらしい。
真面目そうな顔に冷や汗が浮かんでいる。
「大丈夫ですよ。弓道の試合ですか?」
微笑みながら、弓を手渡した。
「ええ……。本当にすみませんでした」
「譲くん! 大丈夫?」
パタパタと軽い足音がして、長い髪をした少女が走り下りてくる。
「先輩! 危ないですから、走らないで…」
と、言う間もなく、彼女がつまずいてバランスを崩した。
「キャッ!!」
「先輩!!」
荷物を抱えた青年の代わりに、とっさに幸鷹が手を伸ばす。
不思議な軽さをもって、彼女は腕の中に舞い降りてきた。
まるであの日の花梨のように…。
* * *
「本当にすみません。いろいろと」
東海道線の車内で向かい合って座ってからも、青年……譲は謝り続けていた。
少女を受け止めるため幸鷹が放り出した鞄から書類がこぼれ、拾い集める間3本も電車を逃したこと。
どうしても数枚が見つからなかったこと。
幸鷹が、待ち合わせ相手に携帯で連絡を入れる必要があったこと。
「大丈夫ですよ。家に戻ればデータがありますし、書類が必要な仕事はもう終わりましたから。それより、春日さんがケガをしなくてよかった」
譲の横で申し訳なさそうに小さくなっている少女……望美に、幸鷹は微笑みかけた。
「まったく、先輩は走るとたいていこけるんですから、そろそろ学んでください」
「わかってるよ。反省してます〜」
いじけたように言うのを聞いて、つい噴き出してしまう。
「2人は、同じ学校の先輩後輩ですか? ええと……春日さんのほうが上…?」
望美がぐっと詰まったのを受けて、譲が答える。
「ええ。先輩が一学年上です。クラブは違うんですけど」
「……そういえば」
望美が突然口を開いた。
「はい?」
譲が不思議そうに顔を覗き込む。
「譲くんが高校に入って以来、私、年上に見られたことがない…」
「…はあ…?」
リアクションに困って眼鏡のブリッジを押し上げると、譲は答えた。
「俺が中学のころは制服で一目瞭然でしたから。制服が同じだと、俺、背も高いしわかりにくいと…」
そこまで言って、目の前で肩を震わせている幸鷹に気づく。
「藤原さん?」
「い、いえ、失礼。多分、そういう問題ではないのでしょうが」
必死で笑いをこらえると、幸鷹が言った。
望美が身を乗り出して訴える。
「譲くんって、小学生のころからいろいろ私の面倒を見てくれてるから、全然年下に見えないんです! まあ、面倒かけっぱなしの私にも問題あるんですけど」
「俺は好きでやってるんですから、いいんですよ」
その会話を聞いて、幸鷹はようやく2人がつきあっているらしいことに気づいた。
「きみたちの年齢だと、一つ違いは大きく感じられるんでしょうね。歳が上がってくると、たいして気にならない……というより、個々の差が大きくなるので、意味がなくなってきますが」
「そうなんですか」
譲が神妙な顔で聞く。
「藤原さんっておいくつなんですか?」
いきなり望美が尋ねた。
「先輩! 失礼ですよ」
「いえ、私は妙齢の女性ではありませんから、かまいませんよ。もうすぐ24になります」
「え〜!! 若い!!」
「お勤め……なんですよね」
「大学の研究室にいるので、まあ、学生と社会人の間くらいですね」
その前に8年も宮仕えをしていたが……と、心の中で呟く。
* * *
「幸鷹さ〜ん!」
横浜駅のホームに下りると、明るい声がした。
「花梨」
「よかった! 列車が長いから見つからなかったらどうしようって思っちゃいました!」
笑顔で駆け寄ってきた花梨は、幸鷹が一人でないのに気づいてあっと口を塞いだ。
「ご、ごめんなさい。私、騒がしくしちゃって」
幸鷹は「大丈夫ですよ」というように微笑むと、譲と望美のほうに向き直った。
「高倉花梨さんです。春日さんと同い年かな」
「はじめまして」
花梨がペコリと頭を下げた。
「あ、春日望美です。よろしくお願いします」
「有川譲です。今、1年です」
高校生たちが礼儀正しく自己紹介するのを、幸鷹は穏やかに見守っていた。
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