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二人きりの誕生日 ( 3 / 3 )

 



時刻がとっくに零時を回ったことに気づいたのは、10分以上たってからだった。




「あああ~っ!! もう日付変わっちゃってる!! もう~、譲くんがあんなタイミングでキスするから!」

真っ赤になって抗議する望美に、譲は極上の微笑みで応えた。

その顔を見て言葉に詰まった後、「あー、うー、ゴホンゴホン」と喉の調子を整えると

「譲くん、お誕生日おめでとう」

と、ようやく望美は口に出す。

「ありがとうございます。今回の誕生日は俺にとってとても重要だから……あなたの一番近くでその瞬間を迎えたかったんです。強引なことをしてすみませんでした」

「そ、それはいいけど……」

譲に本当にうれしそうに言われて、望美は赤くなってうつむいた。

もともと自分だってキスするつもりはあったのだし、すごく優しいキスだったし。……まあ、あんなに長いとは思わなかったけど。

「?」

ふと、譲の言葉が気になった望美は顔を上げた。

「とても重要って、どうして?」

「……だって、18歳って特別な年齢でしょう?」

「……パチンコとか、いけない映画とかがOKになるから?」

「先輩……」

譲が素でがっくりとうなだれる。




「え? ご、ごめん! あ~、でもお酒はまだだし、選挙権もまだだし……」

「いいんです、忘れてください。熱い紅茶、いれますね」

陶製のポットに手早く茶葉をいれると、シュンシュンと湯気をたてる電気ポットからゆっくりお湯を注いだ。

望美は「18歳? 18歳?」とつぶやきながら、持ってきた小さなバースデーケーキをテーブルの上に置く。

背の高いキャンドルを10に見立てて、合計9本のキャンドルをケーキに立て終わると、1本1本注意深く火を点した。

ランタンの灯りを布で隠し、望美がうれしそうにバースデイソングを歌い出す。

「……Happy Birthday Dear 譲くん~ Happy Birthday to You~! さあ、譲くん、願い事をしてからキャンドルを……」

「……先輩。こんな奇蹟をくれたあなたを……俺は一生大切にします」

「……え?」

譲は望美ににこっと笑いかけると、一気にキャンドルを吹き消した。

途端に蔵の中は真っ暗になる。




その闇の中で、望美はようやく解答にたどり着いていた。

「……譲くん……18歳って……もしかして」

「はい」

「……!……」

「まだ高校生の分際で、ほとんど意味はないですけど」

言いながら、譲は望美の手を取る。

彼女の指には、以前譲が贈ったムーンストーンの指輪がはめられていた。

「俺がちゃんと大学を出て、あなたに申し込む資格が本当にできたら、もう一度あらためて言わせてください」

「……うん。……私、いつまででも待つね……」

「俺はそんなに待ちきれませんよ」

再び望美を抱き寄せながら、譲は以前、景時と交わした会話を思い出していた。




「ええっ? 譲くんの世界では18歳まで祝言を挙げられないの?」

「女性は16歳ですけど、男性は18歳までだめなんです」

「譲くん、今、16歳だっけ? じゃああと2年は待たなきゃいけないんだ」

「待つって……俺、別にそんな予定ありませんから」

「何言ってるんだい、望美ちゃんに君の気持ちがちゃんと伝わればすぐだよ」

「か、景時さん、何言ってるんですか?!?!」





あのときはたとえ何年あっても、望美に想いが伝わることなどないと信じていた。

夜空の月のように遠くで輝く光だと思っていたから。

今は腕の中にいるその美しい望月が、譲の耳元に唇を寄せる。

「お誕生日おめでとう、譲くん。きっと向こうの世界で、将臣くんもお祝いしてくれてるよ」

「そうですね。それを口実に宴会くらいはしていそうですね」

「だね!」

二度と会うことの叶わない、懐かしい笑顔。

数えきれない痛みを胸に抱きながら、それでも愛する人と、元の世界に戻ってくることができた奇蹟に、譲は心から感謝する。




「譲くん、紅茶がさめちゃうよ。そろそろケーキ食べよ?」

「はい、わかりました」

少し名残惜しげに、望美を腕の中から解放する。

再び蔵の中をランタンの灯りが照らし、二人の楽しげな声は、タイムリミットの午前1時近くまで続いた。




来年も、再来年も、もっとその先も。

二人で誕生日を祝おう。

もう会えない人たちの温かな思い出を語りながら。





 

 
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