不思議な感覚 ( 2 / 3 )
「え? 一緒に食べないの?」
朝餉の配膳を済ませて、厨に戻ろうとする譲に望美は思わず声を掛けた。
「ええ、朔を一人で食事させるわけにはいかないでしょう?
先輩はみんなとゆっくり食べてください」
「でも……」
「朔殿の足では、厨の框に腰かけているのが一番楽な姿勢なのだろう。
譲はやさしいな」
「そんなこと……! じゃあ、俺は失礼します」
敦盛の言葉に微かに頬を染めると、譲は一礼して背中を向けた。
その後ろ姿を、望美は黙って見送る。
確かに譲が作ってくれたはずなのに、朝餉は不思議なほどおいしくなかった。
* * *
「……杖を使えば何とか歩けると思うわ」
「無理すると治りが遅くなるって弁慶さんも言ってたし、
朔は軽いから俺には全然負担じゃないよ」
「……でも…」
外出の支度を終えた望美が部屋を出ると、簀子縁の向こうから話し声が聞こえた。
「朔?」
具合を知りたくて小走りに角を曲がると、朔を横抱きにした譲にバッタリ出くわす。
「……!!」
いわゆるお姫様抱っこ。
びっくりするほど絵になっていて、望美は思わずその場に立ち尽くした。
「あ、先輩、もう出ますか? ちょっと待っててくださいね。
朔を部屋まで送ってくるので」
「あ……うん……」
「望美、……ごめんなさいね……」
朔に申し訳なさそうに言われて、望美はようやく我に返った。
「さ、朔が謝る必要なんてないよ!
誰だってケガをしたら休まなきゃならないんだし、
ましてや朔は女の子だし!」
「…いえ、そのことじゃなくて」
「? あ、帰りに朔の好きなもの、何か買ってくるね。
なるべく早く戻るから」
明るくそう言うと、望美はパタパタと簀子縁を走って玄関に向かった。
なぜだかその場に、それ以上いたくなかった。
「……自分が今、どんな顔をしてたか自覚がないのね」
ふうっとため息をつきながら朔がつぶやく。
「え?」
不思議そうに問う譲に、もう一つため息。
「まったく。兄上ももう少し考えてから頼めばいいのに……」
* * *
「神子、どうしたの? 今日はあなたの光が翳っている」
戦闘の合間の休憩に、白龍にそう言われて望美はびくっと顔を上げた。
「え? そんなことないよ。朔のことが気になるだけ」
「そう…? 私には……違うように思える」
「嫌だな、白龍。考えすぎだよ。私、元気だし!」
「…やはり白龍も感じるのか。確かに今日の望美には覇気がないな」
二人のやりとりを少し離れて聞いていた九郎がつぶやいた。
「おそらく、朔殿の不在が大きいのだろう。
神子同士、常に手を携えて戦ってきたのだから」
敦盛が眉を曇らせて言うと、
「半分当たってて、半分ハズレってとこかな、敦盛」
と、ヒノエが片目をつぶった。
「どういう意味だろうか?」
「原因は朔ちゃんだけど、いないのが理由じゃないってことさ」
「おい、俺にもわかるように話せ、ヒノエ」
九郎がいら立ったように口を挟む。
「君には理解し難い類の話ですよ、九郎。
まったく、景時にももう少し僕たちを信頼してほしいものです」
微笑みながら弁慶が言うと、九郎はますます眉間にしわを寄せた。
「なぜそこに景時が出てくる?!」
「おいおい、お偉い軍師様、あんたはむしろ話をわかりにくくしてるぜ」
「君だってわかるように話す気は最初からないのでしょう?」
「お前たち、俺を馬鹿にしているのか?!」
「……九郎、穢れが高まっている。そろそろ出発しなさい」
リズヴァーンの静かな声に、九郎はピンと背筋を伸ばした。
「はい、先生! ただちに!
…皆、そろっているか? 譲はどうした?」
「あいつが行く先なんて決まってるだろ」
ヒノエの言葉と同じタイミングで、望美のそばに譲が姿を現す。
「……なるほど」
九郎は今度は、素直にうなずいた。
「すみません、先輩。待たせちゃって。はい、これ」
息を弾ませた譲が差し出したのは、水筒代わりに使っている竹筒だった。
「……え?」
「さっき、のどが渇いたって言ってたでしょう?
リズ先生に泉の場所を教わったので、ひとっ走り行ってきました」
「……!」
「……先輩?」
なかなか手を伸ばさない望美に、譲が不思議そうに首を傾げる。
「…ゆ、譲くん、自分の分は?」
「ああ、もちろん汲んできましたよ。あと、ちゃっかり便乗した奴にも……
おい、ヒノエ! 自分で取りに来いよ!」
声を掛けられたヒノエが、遠くからゆらゆらと手を振る。
「あいつ……」
「望美、譲、そろそろ出発するぞ! こちらに来い!」
よく通る九郎の声が、ヒノエの傍らから響いた。
譲がため息をつく。
「まったく、本当に要領のいい奴だな。じゃあ先輩、行きましょうか」
竹筒を望美にしっかり握らせると、譲は背中を向けた。
「う、うん。……じゃあ、白龍、行こう」
差し出された小さな手を握り、望美は歩き出す。
(そうだよね。譲くんはこうやって、誰にでもとってもやさしいんだよね)
ほっとしたようながっかりしたような、自分でも形容しがたい複雑な思いが胸を満たしていた。
水の礼を言い忘れたことに気づいたとき、譲はすでに陣形の中だった。
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