『遙かなる時空の中で4』

忍人×千尋

 


2012年長月・天


滲む


「サザキ、昨日どうしたの? カリガネが代わりに来たんでびっくりしちゃった」

「それが姫さん、いい宝の地図が手に入ってな! 結局空振りだったんだが」

「…偵察を怠けて宝探しだと」

「!」

「お、忍人さん、あの」

「あれ、何か急に汗が」

「説明してもらおうか、サザキ」




時雨

「忍人さん! ずぶ濡れじゃないですか!」

「降られた。道臣に現況を報告してくる」

「先に着替えてください!」

「これしきの雨、別に…わぷっ! 何をする!?」

「これでちゃんと髪を拭いてください! 忍人さんに倒れられると迷惑なんです!!」

「……そうか。わかった」




足跡

「あしあとさんを野放しにしておいていいのか?!」

謎の痕跡を指してサザキが訴える。

「でも実害はないのよね?」

「オレの船を汚されて黙っていられるかよ、姫さん!」

「…その顔で」

「? なんだ忍人」

「あしあとさんとか言わないでくれ…」

将軍、真っ赤になって爆笑を堪え中。





2012年長月・地


月見


「見事な月ですね、忍人」

「風早。今日は満月らしいな」

「ああ、俺の姫のように美しく輝いて…!」

「姫はむしろ太陽だろう」

「透き通った繊細さがあると思うんですよ」

「確かに髪は月光のようだが」

「…さすがですね、忍人」

「?」

「恋すれば、豚も詩人」

「斬られたいか!」




駄々

世間知らずの娘が駄々をこねているだけ。

そう切り捨てていた彼女の言葉に、不思議な光を見出す。

「…賛成はできんが、可能性がないとも言えない」

俺の答えに、蒼い瞳が大きく見開かれた。

「いいんですか?」

これからの数知れない辛苦の中で、その輝きが失われないことを…。




導く

「さっきは意見を採用しなくてすみません。

でも、私に反対することは諦めないでください」

「…どういう意味だ」

「ちゃんと聞きたいんです。反対意見も、別の可能性も」

「俺は遠慮する気などない」

「ありがとうございます」

走り去る千尋の後ろ姿に、忍人は王の資質を見る。





「忍人さんのわからずや!」

「何と言おうと今日一日は寝台から出さん。

使節の相手は俺や狭井君や道臣がこなす」

「でも」

「病のときくらい臣下を信頼しろ」

「忍人さんは臣下じゃないもん!」

「では君の夫を信じろ」

「…はい」

「え~と、結局それはのろけかな?」

「黙れ、風早」






戦略上の地点が、いつの間にか意味を変える。

闇の先に、灯る明かりと待つ人がいる。

「忍人さん! よかった、遅いから心配して」

「奥にいろと何度言えばわかる? あとで報告に行く」

「はい」

無事を確かめ、うれしそうに駆け去る背中。

君という灯が、俺をこの場所に帰らせる。





2012年神無月・天


お揃い


「ち、千尋! 君は何を考えてる?!」

「だって、これを着るとどんな言い付けも聞くんですよ。

忍人さんが尊敬されている証拠です」

「しかし…!」

二人のそばで精一杯背筋を伸ばして立っている幼子はまだ3歳。

だが、父親と同じ濃藍の装束をまとい、顔は大真面目だった。




恋敵

朝議で葛城将軍の遠征が決まった。

約一カ月の不在。

ほかに適任者がいないのはわかっているが、そんなに長く会えなくなるのが辛い。

「私の最大の恋敵って、私自身なんじゃないかな…」

私室で千尋がぽつりとつぶやくと、「俺も似たようなものだ」と、忍人が肩を抱いた。




合図

ヤタガラスが落とした藤の花房が合図。

堅苦しい婚礼の儀を終え、中庭に出た忍人と千尋にいっせいに春の花が降り注いだ。

「…日向には上空の警備を任せたはずだが」

「忍人、彼らも祝いたいんですよ」

「貴様も噛んでいるな、風早」

花嫁の最上の笑顔がそれ以上の文句を封じた。






夕焼けが怖くなくなったのは、橿原宮での記憶がすべて戻ったせいだろうか。

再び炎に包まれた宮が、今、再建されつつある。

「宮が完成するころには、即位式だな」

「はい」

執務後に、必ず立ち寄る療養中の忍人さんの部屋。

夕焼けは炎よりも優しい色で私たちを照らしてくれる。






 
素材提供:うさぎの青ガラスさま