『遙かなる時空の中で4』

忍人×千尋

 


2012年水無月・天




「ったく、忍人はオレよりよっぽど海賊向きだぜ。

姫さんに甘い言葉のひとつもかけずに射止めちまうんだからな。

大泥棒の才能があるんじゃねえか」

「何のことを言っているのかわからんが、今日はお前の誕生日だと聞いた。

おめでとう…でいいのか?」

「…あ、ありがとよ///」




かわく

「あ! 水!」

山道で湧き水を見つけた千尋は駆け寄った。

「待て、毒見をする」

忍人は代わりに水を含む。

「味は特に…」

「いただきます!」

「千尋!」

「お腹壊すんなら忍人さんと一緒に壊しますから!」

「ああ、俺の姫は優しいなあ」

自慢げな風早を、忍人はジロリと睨んだ。






「カリガネは嫌になったりしないのかな?」

「何がだ」

「だって、サザキはよく相談なしに突拍子もないことをやるでしょう?

その尻拭いをいつもさせられてるから」

「それを言っている君に自覚がないのはどうかと思うが、

俺にはカリガネの気持ちはわかる…気がする」






2012年水無月・地


火花


「なぜ貴様が陛下の私室にいる、柊」

「式典について知りたいとおっしゃられたので」

「執務時間中に済ませろ」

「生憎今日は多忙で」

「そもそも隣りに座る必要などない」

「竹簡をお見せしながらですから」

「肩に回した手を離せ!」

「ああ、君こそ剣を収めてください、忍人」






賑やかな宴の最中、ふと壁際に目を向けたサザキは盛大に酒を噴いた。

「お、忍人、いつからそこに…!」

「警護だ」

「…あれ? 今日はあんまり怒ってねえな」

「いい気分転換のようだからな」

視線の先には皆と楽しげに話す千尋。

多少の騒がしさもその笑顔のためならば。






「そんな縛り方ではすぐに緩む」

忍人は、千尋が結んだ縄をすべて解いていく。

こんな手伝い一つできない。

うなだれていると、「どうした、覚える気はないのか」と声がした。

差し出された一本の縄。

「俺のやる通りにやってみろ」

ゆっくり丁寧に示される手本に、心が解(ほぐ)れていく。






「王らしく」と言ったところで、柔らかな人の心は傷つくし、折れる。

口を覆って慟哭する千尋を、忍人は正面から抱き締めた。

「俺の胸の中でなら声を上げてもかまわん」

一瞬瞳を見開いた後、か細い嗚咽が漏れる。

今は副え木にしかなれないが、もう二度と君を泣かせたくない。





2012年文月・天


宿る


今は生太刀となった双剣に手を置き、千尋は目を閉じる。

「戦い続けた忍人さんの想いが伝わってくる気がします」

「『生きる力』を宿らせたのは君だ。生き続ける理由を俺に与えてくれた」

重ねられた手から伝わる温もり。

千尋はもう一度目を閉じ、濃藍の上着に頬を寄せた。




茶化す

「…何をしている」

「忍人さんの眉間の皺を伸ばそうと思って」

「俺は真剣に考え事をしているんだ」

「それが地顔になっちゃいますよ?」

「君のほうこそもっと真剣に」

「こうですか?」

千尋は眉間にぐっと皺を寄せた。

「…!? もういい!」

「あ、その照れた顔、大好き!」






武人らしくまっすぐ伸びた背を、何度見つめたことだろう。

想いが届かなくて、まるで堅固な砦を攻めているような気持ちになった。

けれどあなたは私に背を向けたまま、あらゆる災厄から守っていてくれた。

もう、こっちを向いてとは願わない。

傍らに立って、共に戦いたい。




悪役

「そ、そんなこと忍人さんに頼めないよ!」

「ほかに適役いねえだろう、姫さん」

「やりたがったのは千尋なんだから、自分で頼みなよ」

「サザキも那岐もひどい~!」

堅庭にて。

「俺に何を…?」

「あの~、…『節分』という習慣があって、このお面かぶる人が必要なんです…」






 

 
素材提供:うさぎの青ガラスさま