『遙かなる時空の中で2』

幸鷹×花梨

 

2012年神無月・地


つもる


紅葉が庭を彩るように、雪片が大地を覆うように、

「…恋ぞつもりて淵となりぬる…か」

「神子殿も歌を詠まれるのですか?」

突然声をかけられ、花梨は飛び上がった。

「それは確か」

「が、学校で習ったのを思い出しただけです!///」

この想いを伝える日は来ないとしても。




迫る

幸鷹「夜中に神子殿を大豊神社まで連れ出すなど言語道断です!」

翡翠「そういう君こそ神泉苑に連れて行ったそうじゃないか」

紫姫「とにかく! 神子様が風邪で寝込まれた以上、今後の夜の外出はいっさい禁止です!

お二人ともよろしいですね?!」

白虎「「……はい」」






激しい風雨から逃れ、寺に雨宿りする。

「た、台風だよね。天気予報とかないと覚悟が…」

と呟く花梨は、突然の雷光に身を縮めた。

「神子殿が心安らかになるようでしたら、こうしてお守りいたします」

傍らの幸鷹の袖の中にすっぽりと包み込まれ、心の中に別の嵐が吹き始める。




つまり

右も左もわからない京で、幼い子供たちの邸に身を寄せざるを得ない不安はいかばかりか…。

「検非違使別当としてお力になりましょう」

私がそう言うと、大きな瞳が先を促すように見つめた。

「…私が共に京を巡ります」

次の瞬間、花が開くように蒼白い頬が薄紅色に染まる。




ふわり

白龍とともに昇った空から、あなたがふわりと降りてくる。

足が地面にふれた瞬間、確かな重みと温かさが腕の中に戻ってきた。

神子などではない、ただの少女を誰より愛しく思うのだと、細い体を抱きしめながら確信する。

「花梨殿…」

万感を込めて、あなたの名を呼んだ。





2012年霜月・天


一撃

「「大威徳明王の名にかけて!」」

天地白虎の声がピタリと重なり、怨霊を一撃で倒す。

振り返ると、花梨が涙ぐんでいた。

「神子殿?!」

「白菊?」

「二人が仲良く技を決める日が来るなんて…」

「「え?」」

すっかり「おかん」になっている神子に、恋する男二人は意気消沈。






「貴族はどうしてああいうメイクしてたんでしょう?」

「置き眉ですか? 感情を表に出さないためと言われています」

「幸鷹さんがしてたらどうだったかな…」

「好きになっていただけませんでしたか?」

「それはないです! でも、ちょっと時間がかかったかも」

「大問題ですね」




紅葉

「うわあ、きれい!」

幸鷹から渡されたアクリル製のペーパーウェイトの中には、花梨を京へと導いた紅葉が一葉。

「幸鷹さんに会わせてくれた紅葉だから、大切に取っておきたかったんです」

「二度とあなたを異世界に連れ去らないよう閉じ込めただけですよ」

と、片目をつぶる。




宣言

「……無念」

「千歳があんなの召喚するから」

「年上すぎるだろ!」

「ああ、僕が帝となれば…」

「あの男が勝ったつもりでいるなら大間違いだ」

「神子、諦めきれません」

「…(異世界に式神を飛ばす実験中)」

花梨の「幸鷹さんと帰ります宣言」以来、七葉の心は常に野分状態。






「す、すみません」

「これは役得だよ」

足を挫いた花梨を横抱きにして翡翠が言う。

「翡翠、あそこの木からは俺が運ぶからな」

「勝真、私のほうが適任では」

「それには及びません、頼忠。私が手配した牛車が到着したようです」

自分の番はちゃっかり終えた幸鷹がにこやかに告げた。





2012年霜月・地


化かす

「幸鷹さん、こちらではお互いの顔を知らずに恋愛するんですよね」

「ええ。逢瀬も夜ですからあまり見えません」

「それでいいんだ…」

「そのほうがいい方もいらっしゃるのでしょう」

「え?」

「あなたには、御簾も夜の闇も必要ありませんが」

陽光に輝く瞳に微笑みかける。




一寸

突然こみ上げた涙を誰にも見られたくなくて、人気のない簀縁に立つ。

わかっていてもどうしようもない不安と寂しさ。

侍従の香りが不意に肩を包んだ。

「幸…」

「せめて傍らにいることをお許しください」

「……」

ちょっとの間だけ…と自分に言い聞かせて、広い肩に寄りかかる。






呆れるほど情に脆く、事情があれば盗人でも追剥でも

できるだけ罰を軽くするよう必死に頼んでくる少女。

騙されたことがないわけでもないのに…。

その姿が踏まれても踏まれても可憐な花を咲かせる蒲公英を思わせて、

暖かい春の光をいとおしむように、私はつい目を細めてしまう。






「あなたは私の運命の扉を開ける鍵でした」

この世界に戻ってきてから、幸鷹さんが言った。

「そ、それはたまたまで、私は何も助けられなかったし」

「確かに、鍵を開けたのは『龍神の神子』です。

けれど、扉を押し開いて中に踏み込む勇気を与えてくれたのは『あなた』ですよ」