『遙かなる時空の中で2』

幸鷹×花梨

 

2012年長月・天


微か


「菊花…ですか?」

夕刻に訪ねた神子殿の局で微かな残り香に気づいた。

「あ、昼間、彰紋くんの着物を羽織らせてもらったから移っ…キャッ」

神子殿を強引に腕の中に閉じ込める。

「ゆ、幸鷹さん?」

「ちょっとした嫉妬です」

「!…」

大人しくなった彼女を侍従の香で包みこんだ。




交わす

「あ!」

郵便受けに薄緑色の封筒。

幸鷹さんからだ。

「メールや電話とは別に、お送りしてもよろしいですか?」

綴られた文字には一段と深い想いが込められているようで、うれしくて何度も読み返す。

返事はお店を何軒も回って見つけた便箋に書こう。

伝えたいのは「大好き」。






幸鷹「神子殿と共に歩き、言葉を交わしていると、恋と言うのは御簾の影ではなく、

こういう中から生まれるものではないかと思いますね」

花梨「そうですよね! 一緒に行動することで相手を好きになりますよね!」

翡翠「熱烈な告白合戦に聞こえるが…当人たちに自覚はなしか」






涼しげな音で鳴る金色のブレスレットに、花梨は驚嘆の声を上げる。

「うわあ、きれい! でもこれ高いんじゃないですか?」

「母のネックレスのリメイクですから。

ここを飾る環を贈るまでの間、あなたをつなぎとめておく鎖です」

幸鷹はそう言って笑うと、花梨の薬指に口づけた。





2012年長月・地




「私をこんなに長くひとところに通わせたのは君が初めてだよ、白菊」

「翡翠さん、これは八葉のお仕事で…」

「気が向かない場所に行きはしないさ」

「その手を離さなければ、もっと長く獄舎に繋いで差し上げますよ」

「幸鷹さん、縄は置いてください! あと笑顔が怖いです!」




固まる

「神子殿、失礼します」

「え?」

「…取れました。睫毛が頬に落ちたのですね」

「あ、アリガトウゴザイマス、幸鷹サン」

「花梨、手と足が一緒に出ているぞ」

「ソンナコトアリマセンヨ、勝真サン」

「…接近しすぎましたか」

「ふうん」

「翡翠殿、妙な企みは許しませんよ」




叩く

「私が京を滅びに向かわせている?」

千歳の言葉に、花梨は頬を打たれたような衝撃を感じた。

「神子殿」

幸鷹がとっさに手を取る。

「千歳殿の言葉が真実とは限りません。まずは検証と裏付けを」

握る手に力がこもった。

「あなたには私たちがついております」

…心が熱くなる。






時空を結ぶ通路が目の前で閉ざされていく。

私の育った世界が永遠に遠ざかる。

「神子殿…」

背中を支える幸鷹さんが、辛そうに言った。

その声で我に返る。

「幸鷹さん、私はもうただの花梨で…あなたの大切な京で一緒に生きていく恋人ですよ」

返事の代わりに強く抱きしめられた。





2012年神無月・天


乙女心

「…幸鷹さんもシリンみたいなスタイルの女性がいいんだろうな」

「神子様?」

「それとも千歳ちゃんみたいなタイプ?」

「あの、お加減でも?」

「あ~もう、どうして私が神子なの? 全然釣り合わないよ~!」

「…?」

紫姫が花梨の悩みを理解できるようになるのは、数年先。





待ち合わせ場所に大きなマスクをしてきた花梨。

「体調が悪いのですか? でしたら今日の外出はとりやめて…」

「大丈夫です! 風邪とかじゃないですから」

「しかし」

数分後、花梨が白状したのは鼻の頭にできたニキビ。

「幸鷹さんに見られたくなかったんです~!」

「……」






小さい肩を恐怖に震わせながらも、毅然と怨霊に立ち向かう。

その姿を見て、なぜ真実を見据える勇気を持たずにいられよう。

おおよその予想はついている。

失うものも、得るものも。

救いは、その場に彼女がいてくれることだ。

明日こそ、神子殿に蚕ノ社へご一緒いただこう。




矛盾

札を集めるたび、怨霊を浄化するたび、

神子殿に「もうすぐ帰れる」と言っていた八葉たちが、無口になってきた。

末法の世の救済は皆の願い。

だが、その向こうにある別れが耐えがたいのだ。

ついに降り出した雪に、希望と絶望が錯綜する。

あなたを幸せにしたい。

帰したくない。