『遙かなる時空の中で』

鷹通×あかね

 

2012年神無月・地


物語


テレビもパソコンもない夜は静かだ。

耳に入るのは穏やかな鷹通さんの声だけ。

この世界について学びながらも、ときどき聞き惚れてしまう。

人が語る言葉は何て美しいんだろう。

「神子殿?」

「とてもわかりやすいです」

私の返事を聞いて、鷹通さんは安心したように微笑んだ。





友雅殿のように女性を楽しませる話ができるでもなく、

永泉さまのように雅な楽を奏でる才もない私は、

せっかく局をお訪ねしても、浅薄な知識を語ることしかできない。

なのに神子殿はそれを楽しげに聞き、微笑んでくださる。

あなたが神子でよかったと、心から思う。






強風に煽られ、満開の桜が散っていく。

「きれいだけど、寂しいな」

「来年また咲くためですから」

それを二人で見ることはできないけれど…という言葉は飲み込んだ。

「もうすぐ庭の石楠花が咲きますよ」

「楽しみですね」

強い風に抗うように、どちらからともなく手をつないだ。






心細げに鳴く声。

鷹通さんが木の上から助けおろしたのは子猫だった。

「怖かったですね。よしよし」

「…いいな、優しく話しかけてもらえて」

「え?」

「あ、な、何でもないです!」

鷹通さんは少し考えた後、「神子殿も辛いときは、こうして私を呼んでくださいね」と微笑んだ。




野暮

友雅殿と邸で話していると、注文した文箱が届いた。

神子殿がお好きな花鳥をあしらった品。

「ほう、いずこの姫への贈り物かい?」

「そ、それを問うのは野暮というものです」

いつも言われている言葉を返すと、友雅殿がにやりと笑った。

むしろ確信させてしまったらしい…。





2012年霜月・天




突然意識を失った神子殿を、思わず強く抱きしめてしまった。

それしか私にはできなかったから。

龍神の神子の力の代償は、いったい何なのだろう?

京のために尽くすこの華奢な少女を守りたい。

絶対に失いたくない。

枕辺で寝顔を見守りながら、自分の無力さに歯噛みする。




紅葉

見事な紅葉の下を歩く。

「ここの本堂は紫宸殿を移築した物ですって」

「確かに風情がありますね」

この世界に義母の墓はないけれど、私の選んだ女性を見ていただきたくて。

「案朱にあなたと共に来られてよかったです、あかねさん」

私がそう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。




磨く

「え? 頼久さんの特訓、まだ続いてるんですか」

「時間が取れるときに、八葉で集まって腕を磨いております。ただ…」

「?」

「先日、イノリの提案で軽装になって鍛錬したところ」

「はい」

「永泉さまが最も機敏でいらっしゃることがわかりました」

「ええっ? …ああ!」





2012年霜月・地


兆し


「ん? あかね、お前、香持ってるのか?」

「あ、天真くん、わかる? 藤姫に勧められて衣香をやってみたの」

「服に香を焚き染めたんだね。でもこの香り…」

「さすが詩紋くん! 侍従だよ」

「と、友雅と同じか?!」

「うん。鷹通さんとも」

「……本命どっちだ?」

「え?」






丁寧な筆遣いから生み出される端正な文字。

「こんな年賀状もらったらうれしいですね」

「だとよろしいのですが」

こちらに来てから出会った人に、鷹通さんは一枚一枚感謝の言葉を綴っていく。

「私も今年は手書きしようかな」

そう呟くと、ちょっと驚いてから微笑んでくれた。






怨霊との戦いに敗れて、命からがら逃げ出してきた。

落ち込む私に鷹通さんが言う。

「失敗や負けからのほうが多くを学べます。この悔しさを次に向かう力に変えましょう」

「…鷹通さんも悔しいんですか?」

コホンと咳払いすると少し頬を染める。

「多分、神子殿の百倍は」

「!」




箱入り

「鷹通、神子が異世界から召喚されるのは、

こっちの上品な姫さんたちじゃ怨霊退治ができないからじゃないのか?」

「天真殿、いえ、神子殿はその清らかな気を」

「体は丈夫だし、度胸もあるし、のせやすいし」

「そ、そのようなことは」

「やっぱ体力採用か~」

「…ご内密に」