突然の問い掛け

 


それはまだ、異世界に行く前のこと……。




「ねえ、私の理想のタイプって変なのかな?」

突然の望美の問い掛けを聞いて、猛烈に咳き込みだした譲の代わりに、

「多分変なんじゃねえか。何のことか知らねえが」

と、将臣が答えた。




「ゆ、譲くん、大丈夫? これ飲んで。って、何よ、将臣くん、わかんないのに変って決めつけて!」

譲の背中をさすりながら、望美がぷんぷん怒る。

「まともな答えを聞きたいなら、もう少し『文脈』のある話をしたらどうだ?」

「だ~か~ら~! あ、もう平気?」

「は、はい、先輩。すみませんでした」

望美から渡されたペットボトルを返しながら、譲が謝った。

「ううん、私こそ飲みかけの渡しちゃってごめんね」

「ええっ?!」

目を丸くした後、再び盛大に咳き込みだした譲を、将臣は「しょーがねえなあ」という顔で眺めた。




「で、理想のタイプって何だよ。どうせ女子同士のくだらねー話だろ?」

「男子同士の話のほうがよっぽど……! って、それはいいや。
あのね、『理想の彼氏の条件は何?』って話になって」

「ゲホゲホゲホ」

「あ~、俺、バイトが」

逃げ出そうとする将臣の襟首をむんずと掴んで望美が引き戻す。

「将臣くんにも関係あるんだからちゃんと聞いてよ! ……あ、もちろん譲くんもね!」

一瞬、地の底に落ち込みそうになった譲に、危ういところで声が掛かった。




「だから、私は別に背が高くなくてもいいし、イケメンじゃなくても問題ないし、
お金持ちだとかめちゃくちゃ甘やかしてくれるとか、そういうことも特には求めてないの」

鎌倉高校前の駅から、七里ガ浜に降りる階段の途中に腰かけて、話は続いていた。

望美を真ん中にして、将臣と譲が両側に座っている。

「あ~、俺、やっぱバイトに」

「すぐ終わるから! でね、みんなは私がそんなこと言うのは環境のせいだって言うんだけど、意味わかる?」

「タッパのあるイケメンを毎日見慣れてるからだろ」

「え? そうかな? どっかで見たかな?」

「せ、先輩、続きを」

話が迷走しそうな気配を感じて、譲が促した。




「あ、うん。それでね、じゃあ一番の条件は何かな~って考えたら、『どんなことも一緒に楽しめる人』だったの。
誕生日とか、クリスマスとか」

望美の言葉に、将臣と譲が目を見交わす。

幼いころからずっと三人で過ごしてきたたくさんの記念日。

それを近い将来、別々に迎えることになるのだ……。

「そうしたら、みんなが変だって」

「……どうしてですか?」

「クリスマスとか誕生日に二人でイチャイチャするのは王道だろ?」

「……二人じゃなくて、『みんなで』一緒に楽しみたいの」




しばらく、波の音だけが辺りに響いた。

カンカンと警笛が鳴り始め、江ノ電の踏切が下がる。




「……は?」

「……えっ?」

「だから、将臣くんや譲くんやうちの家族や有川のお母さんやお父さんと一緒に!」




江ノ電が停車する音。

やがて、ゴトゴトと鎌倉方面へ走り去っていく。

踏切の警笛も鳴りやんだ。




「……望美。それってまさか……」

「そうなの。いつもやってるパーティに一緒に参加してくれる人がいいの! 何ならその人の家族も一緒に!」

「いや、さすがにそれは……」

将臣と譲に心から呆れたという顔をされて、望美はがっくりと肩を落とした。

「……や~っぱり変か。私の理想のタイプ」




本気で落ち込んでいる望美を間に挟み、二人は思わず顔を見合わせる。

「…お前、そんなに今やってるパーティが好きなのかよ」

「好きだよ。おかしい?」

「『彼』ができてもやめたくないくらいに、ですか?」

「あれより楽しいことなんて想像できないもん」

ふうーっと兄弟は同時にため息をつく。




将臣はポンと望美の背中を叩くと

「ま、そんなこと言ってるうちは『彼』なんてできないから安心しろ」

と言った。

「安心ってどういう意味よ」

「とりあえず、先輩とはまだパーティ、続けられそうですね」

「何があったって続けるよ! だからここからが肝心なの!」

望美は姿勢を正して座り直すと、将臣と譲の顔を交互に見つめる。




「だからね。二人とも『彼女』を作る時はそういう条件で選ばなきゃダメだよ」

「「えっ?」」

「春日家と有川家のパーティに喜んで出てくれる人! もちろん、家族も連れてきてOKだから!」

望美の言葉を理解するまで、しばしの間。

「何~っ?! こっちまで巻き込むなよ!!」

「せ、先輩、総勢何人のパーティを開く気ですか?」

譲の問いに望美は真剣に考え込んだ。

「う~ん、それぞれの『彼』と『彼女』が家族を連れてくるとすると、3人家族としても9人増えるでしょ?
今が7人だから……16人くらい?」

「……ケーキいくつ焼けば間に合うかな」

「お前らいい加減にしろっ! そんなラッシュの電車みたいなパーティ、俺はご免だぞ!」




将臣は勢いよく立ち上がると、一人でザクザクと砂浜を歩き出した。

「将臣くん、どこに行くのよ?」

「家まで歩いて帰る!」

「兄さん、どうしたんだよ」

譲の声にピクッと肩を揺らした将臣は、ゆっくり振り返って弟をにらみつけた。

「譲、その能天気女にパーティの参加者を減らす方法を教えてやれ」

「え」

「そんな方法あるの? 将臣くん」

大きなため息をひとつ落とすと、将臣は再び背中を向けて歩き出した。




後ろ姿を見送りながら、望美は譲に問い掛ける。

「譲くん、わかる? 人数を減らす方法」

「……俺だけがわかっていても仕方ないですから」

「???」

「……俺も歩いて帰ろうかな」

望美のこの無邪気さは、まだ恋愛などという感情が育つには幼すぎるためなのか、自分たち兄弟を最初から男として見ていないからなのか……。




結論を出すのをあきらめて、譲は望美に向き直った。

「さ、帰りましょうか、先輩。さっき1本行っちゃったから、次の電車まで少し間がありますけど」

「うん……」

「……先輩?」

いきなりしょんぼりとうなだれた望美に、譲は戸惑う。

「……今の誕生日パーティやクリスマスパーティ、続けたいって思ってるの、私だけなのかな……」

消え入りそうな小さな声。

前髪に隠れた顔は、ひどく寂しそうだった。




「そ、そんなことありませんよ。俺も兄さんも……とても大切に思ってます」

「……本当に?」

「ええ」

それは偽りのない想い。

一番大切な日を、一番大切な人とともにこれからも祝うことができたら、どんなにいいだろう。

「……でも、私が理想のタイプを見つける前に、譲くんも将臣くんも彼女を見つけて
パーティーに出なくなっちゃうんだろうな……」

思わずクスッと笑った譲を、望美は驚いて見つめる。

「私、変なこと言った?」

「……いいえ。でも、俺が先に見つけることはありませんから。それは安心していいですよ」

「そうなの?」

「そうなんです」

「なんで?」

「秘密です」

「え、どうして?」




海沿いの道路の信号が変わるのを待ちながら、譲はそれ以上、望美の問いに答えることはなかった。



* * *



「俺は思うんだが……」

「うん……」

「ここにいる連中、全員望美の理想のタイプにあてはまるんじゃねえか」

「……俺もそんな気がする」




有川兄弟の目の前では、八葉たちが望美を中心にクリスマスパーティを楽しんでいた。

広いリビングをにぎやかな活気で満たす、総勢11人の面々。



「あ、望美ちゃん、それ、俺が運ぶよ」

「ありがとうございます、景時さん」

「兄上、こちらもついでにお願いします」

「御意~!」



「姫君、これ、お前の母上に持って帰ったらどうだい?」

「わあ、きっと喜ぶよ。ありがとう、ヒノエくん」

「ああ、僕からはこれを。お母上によろしくお伝えください」

「はい、弁慶さんのこと、礼儀正しくて素敵だってほめてましたよ」



「神子、正月飾りは不具合などないか」

「はい、先生! 手作りだって言ったら父がとっても驚いていました」



「望美は俺と違って、父上、母上とともに日々を過ごせるのだ。孝を尽くすのはよいことだ」

「九郎さん……そうですね。もっときちんと感謝します」



「神子、せっかくのくりすますをご両親とともに過ごさなくてよかったのか?」

「大丈夫です、敦盛さん。今年は有川のご両親がいないので、二人して外食に行っちゃいましたよ」

「神子、寂しくないの? 今宵は私がともにいてあげ……」



「やば」と呟きながら、将臣が大股に近づいた。

「お~ら、白龍、そろそろおネムの時間だろ、お前は」

「将臣。私はまだ……大丈夫だよ」

「だめだよ、白龍。もう半分目が閉じてるよ。明日また会おうね?」

望美に優しく言われて、白龍は素直にうなずくとリビングを出ていった。

「……まあ、あいつもどこにでも溶け込むタイプと言えばタイプだな……」

「兄さん、これ以上ライバル増やしてどうするんだよ」




譲に言われて苦笑いすると、将臣はもう一度リビングを見渡す。

「まあでも、なんだ。あのときのあいつの条件は本当だったんだな」

「え?」

「『どんなことも一緒に楽しめる人』が理想だって。確かに今、最高に楽しそうだしな」

「…………」

朔や八葉たちと夢中になって話しながら、輝くような笑顔を見せる望美。

幾多の困難をくぐり抜け、悲しみや苦しみと向き合ってもなお、彼女の本質は損なわれなかったとわかる。

(みんなで一緒に楽しみたいの)

(あれより楽しいことなんて想像できないもん)




将臣は譲の背中をバンと叩くと

「覚悟できたか? この先望美が誰とくっつこうが、一生あいつのホームパーティには付きあわされるぞ」

と笑った。

「それは兄さんも同じだろ。逃げたりするなよ」

「へーへー」

将臣はテーブルに置かれたグラスを二つ手に取ると、ジュースの入ったほうを譲に渡す。

「じゃ、受難の有川兄弟に乾杯だ」

「乾杯」

グラスが触れ合う涼しげな音が室内に響いた。

その音に振り向いた望美が、「あっ」と口に手を当てて驚く。

「譲くん、それ、私の飲みかけ……!」

ブウーッとジュースを噴き出した後、激しく咳き込む弟を、兄は謝りながら介抱したのだった。




聖なる夜は大好きな人たちと一緒に。

クリスマスを祝う教会の鐘の音が、遠くでカランコロンと響き始めた。

すべての人に幸せな奇蹟が訪れますように。

メリークリスマス!!






 

 
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