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出逢う日の前に ( 2 / 3 )

 



永泉は友雅の言葉をじっくりと吟味するかのように黙り込んだ。

蝙蝠で風を送りながら、友雅はせかすことなくその姿を見つめる。

ガタン! と、そのとき突然牛車が傾いた。

「あっ……!?」

「お怪我はございませんか? 永泉様」

「は、はい、わたくしは大丈夫です」

友雅は御簾を上げると、従者たちに状況を尋ねる。

「申し訳ございません、ご主人様! 牛が急に怯えて横にそれてしまいましたので」

「怯えた?」

車から身軽に降りながら、大路の前方を注視した。




空気が澱み、そこだけが薄暗くなった空間に、大きな影が蠢いている。

禍々しい気配がじわじわと伝わってくる。

「! ……邪なる気の……怨霊……でしょうか」

御簾から顔を出した永泉がつぶやいた。

「お前たちは永泉様を乗せて道を引き返しなさい」

従者に命じると、友雅は剣を抜く。

「友雅殿!」

「私とて近衛府の武官。捨て置くわけにも参りません。それに……子どもが襲われています」

「え?」

友雅が進む先、暗黒の巨大な影の手前に、怯えて震える小さな人影があった。




牛車の引き返す音を後ろに聞きながら、友雅は刀の柄を握る手に力をこめる。

(斬り掛かる前に子どもを引き離したいが……一人では陽動も叶わないな)

おおよその動きを決めて地面を蹴った直後、友雅は脇道から近づいてくる蹄の音を耳にした。

(? 怨霊に気づいていないのか? だが、助かる!)

滑るように駆け寄ると、案の定、怨霊の関心は馬のほうに移っていた。

子どもを抱え、振り返った友雅の目に走ってくる少年が映る。

「良太!!」

腕の中の子どもが勢い良く顔を上げた。

「イノリの親分!!」




「君の知り合いか?」

走り寄って来た少年に、友雅は尋ねる。

「オレの子分だ!」

「連れて逃げなさい! 一刻も早く!」

子どもをイノリと呼ばれた少年に託すと、友雅は言った。

「あんた……貴族のくせに……?」

「走れ!!」

友雅の声に、少年はひとつ頷くと子どもを抱えて走り出す。

再び剣を構えて振り向くと、そこでは馬に乗った武士が、怨霊に斬り掛かっていた。




的確に急所を狙って刀を振り下ろす。

馬を自分の身体の一部であるかのように扱い、巧みに怨霊の攻撃をかわす。

「さすがだな」

無駄のない俊敏な動きに、友雅は思わずつぶやいた。

が、異形の怨霊は思わぬところに第三の腕を持っていた。

武士の死角めがけ、その腕がうなりをあげて振るわれる直前、友雅は大きく跳躍して、根元から斬り落とす。

怨霊の断末魔の声が辺りに響き渡った。




一瞬、友雅と目を見交わした武士の青年は、馬から飛び降りながら怨霊の本体に刀を突き立てた。

友雅も反対側から急所を突き、二人で連携を取りながら攻め立てていく。

やがて抵抗する力を失った怨霊は、姿をグズグズと崩して闇に呑み込まれていった。



* * *



「……かたじけない」

息を弾ませながら刀を鞘に収めると、武士は頭を下げた。

「いや、こちらこそ助かった。子どもをどうやって救おうか、頭を悩ませていたのでね」

「あの子は、無事で?」

問いかけの最中に、パタパタという足音が近づいてきた。

振り向くと、先ほど子どもを託した少年が走ってくる。

「イノリ……だったか。怪我はなかったかい?」

「ああ。良太も無事だ。あの怨霊、もう倒しちまったのか?」

辺りをキョロキョロと見回しながら、イノリが尋ねた。

「助けていただいたのだ。もう少し丁寧な口をきけ」

武士の青年がコツンと頭をたたくと、口をとがらせて「わかってるよ」と応える。




「いや、私はほとんど何もやっていないよ。活躍したのはこの……君、名は何と言うのだね」

「左大臣家でお世話になっております、源頼久と申します」

精鋭ぞろいの土御門の武士団に属すると聞いて、友雅は納得した。

「頼久、実に見事な太刀さばきだった。貴族の剣など、君たちから見れば遊びのようなものだろうね」

「とんでもございません! 危ないところをお救いいただき、ありがとうございました」

「おっさんの名前は?」

イノリの遠慮のない言葉に、頼久が顔色を変える。

「こら! 無礼だぞ!」




友雅はクスクスと笑って答えた。

「構わないよ。この子からすれば親のような歳だからね。私は橘友雅。左近衛府に出仕する、これでも武官だよ」

「へえ〜」

「橘友雅殿、ご助力、誠にありがとうございました」

頼久が再び、深々と頭を下げる。

「ありがとうな、友雅。貴族のくせにオレらを助けるなんて、あんた、変わってるぜ」

そう太陽のように明るく笑われて、友雅はもちろん頼久も、イノリの無礼をとがめる気をなくしたのだった。







 
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