地上の星 ( 2 / 2 )
「今日は本当にすみませんでした」
イルミネーションの中を歩きながら、鷹通が口を開いた。
「もう少しうまく仕事を切り上げられていたら……いえ、あなたのメールを見て、あそこまで取り乱さなければと……
反省しています」
「…取り乱す……?」
あかねが不思議そうに見上げると、鷹通は照れたように目をそらした。
「……京にいたとき、私はあなたがやがて帰ってしまう方だと。
目の前からいなくなってしまう方なのだと、いつも自分に言い聞かせていました。
こうしてあなたとともにこちらに来ることができて、その『怖れ』も薄まったものと思っていたのですが……」
つないだ手に力がこもる。
「思い上がりでした。私は今も、あなたを失うことが怖くてたまらない」
「鷹通さん」
鷹通は立ち止まると、あかねに向かい合って両手を取った。
「覚えていらっしゃいますか?
案朱でこうしてあなたの手を取って、『私は得られないものを求めることに慣れている』とお話したことを」
「……!」
忘れるはずがなかった。
蛍が乱舞する幻想的な光景の中で、初めて鷹通から恋心を告げられた夜。
「あなたが私に残すのは、この胸のうちにある切ない痛みだけ。
私はその甘美な痛みとともにあなたをいつまでも思い出すだろうと……」
「はい。とてもきれいな夜だったのに悲しかった。
私が望むことと望まないことが、両方とも未来に待っているんだとわかって。
まさか、鷹通さんが一緒にこの世界に来てくれるなんて思わなかったから」
あかねの言葉に、鷹通は静かに微笑む。
「ですから、再び星が地上に降りた今宵、あの言葉を訂正させていただけますか。
私は、得られないものを求めることに慣れてなどいません。
失う辛さから目を背けるため、そう自分に思い込ませていただけです。
あなたを誰よりも何よりも大切に思い、決して失いたくないと……
あなたという光にずっと照らされていたいと……心から望んでいます」
鷹通の眼鏡と、その奥の瞳にイルミネーションが映り込み、穏やかに明滅している。
あかねはこんなに美しいまなざしを見たことがないと……案朱でも感じた想いを再び新たにした。
「私こそ……まだ高校生で、鷹通さんの周りにいる女の人たちほどきれいでも、魅力的でもないけれど……」
「あかねさん」
「だけど、大好き。鷹通さんのこと、誰よりも何よりもずっとずっと大好きです。
それだけは誰にも負けません。だからどうか……これからも一緒にいさせてください。
ずっとそば」
全部を言う前に、引き寄せられ、抱きしめられていた。
温かい抱擁。
夜の闇に沈んでいるとはいえ、人目があるところで鷹通がこんな風に愛情を示すのは珍しかった。
「……ありがとうございます。もう二度と、不注意であなたを傷つけさせたりしません」
「ううん、大丈夫。
ただ、私はすごく素敵な人とおつきあいしているんだって、ちゃんと自覚しなきゃなって思いました」
「はい…?」
「『図書館の王子』って呼ばれてるんですよ、鷹通さん」
抱擁を解き、鷹通が困ったような顔であかねを見る。
「……それは」
「すごいでしょ? 私、ちょっと鼻が高いです」
「お戯れを。友雅殿ならいざ知らず」
「鷹通さんは、いつもあんなに派手な友雅さんと一緒だったから目立ちにくかったんですよ。
きっと京でも想いを寄せる人は多かったんじゃないかな」
「あなたから以外の想いに何の意味がありましょう」
「……!」
あかねは真っ赤になると、黙って鷹通の手を取って歩き出した。
「あかねさん?」
「……さすが平安貴族……」
「え」
突然、公園内に音楽が鳴り響き、ショーの開催が告げられた。
サーチライトが園内のあちこちを駆け巡る。
「ショー?」
驚くあかねの耳元で鷹通がささやく。
「ええ。この時間に合わせて来たのです」
これまで穏やかに瞬いていただけのイルミネーションが、生命を得たかのように複雑に輝き出した。
「うわあ…」
渓谷を下る奔流のように。
舞い散る雪のように。
寄せては返す波のように。
キラキラと星屑が降り注ぐ様が描き出され、鷹通とあかねは顔を見合わせて微笑んだ。
ショーの最後、「恋人たちのための1分間」とのアナウンスの後、会場の明かりがいっせいに消える。
「え、どういうこと?」
「あかねさん」
肩を抱き寄せられて顔を上げると、やさしい口付けが降ってきた。
「!」
たっぷりと、時間切れまで1分間。
場内に再びイルミネーションが灯り、ようやくお互いの顔が浮かび上がる。
「……鷹通さん…」
「ここまでがショーですので」
「え~っ? 知ってたんですか?」
こほんと頬を染めながら鷹通がうなずく。
「……申し訳ございません」
「!! ……もう……」
あかねは思わず噴き出すと、鷹通の腕にしっかり抱きついた。
「今日はありがとうございます。ここまで来た甲斐、ありました」
「よかった」
「鷹通さんがむっつりだったってわかったし」
「…むっつり?」
「意味は自分で調べてください!」
「承知しました」
両脇に星を敷き詰めたような輝く小道。
奇跡のような出会いと、稀なる日々を越えてしっかりと結び合った手と手。
肩を寄せ合い、見交わす目には互いへの深い愛情が宿っている。
つまりは……
ごく普通の恋人たちとして、鷹通とあかねは現代の京都で歩み始めていた。
もう二人に、理を超えた奇跡は必要ない。
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