検非違使別当の発見 ( 2 / 2 )
花梨が、不安そうな顔で幸鷹を見上げる。
安心させるように、その肩に手を置くと、
「神子殿には京の気が停滞している原因を探り、穢れを祓う使命があります。
確かに、景時殿の神子とは能力の性質が異なるのでしょう」
と、幸鷹は言った。
「景時殿、私たちの時代、京では時の流れが止まってしまっているのです。
永遠の秋の中で、大晦を迎えかねません」
「時が? それはまた……」
「強大な力をもつ者」を知らないわけではないが、季節の移り変わりまで止めてしまう力を、景時は想像できなかった。
「その穢れの根源を知るため、神子殿は自らの身体を使って探索していらっしゃいます。
何度も何度も倒れながら……」
眉間に深い皺を刻み、耐えがたいという表情で幸鷹は続ける。
花梨は両手を振りながら幸鷹に言った。
「ゆ、幸鷹さん、そんなのオーバーですよ!
私が考えなしにあちこちに行って穢れに当たっちゃってるだけです。
同行する八葉に迷惑かけてばかりで……」
「迷惑などと、神子殿。
できれば穢れなどからあなたを遠ざけて、お守りしたいと皆、願っています」
「……そうだよね」
景時が突然割って入った。
「縁もゆかりもない世界のために、身を挺して戦っている女の子……。
俺たち八葉は、一番大切にしたい人を、一番過酷な場所に連れて行かなければならない……」
遠い目は、今はここにいない少女を思っているようだった。
「景時さん……」
「景時殿」
もし、北斗宮に閉じ込められているのが花梨だったら、自分もこんな目をしたのだろうか……と、幸鷹は思った。
「景時さん」
花梨が身を乗り出して景時の手を取る。
「私、剣を取って戦うことはできないけど、望美さんを助けるため、全力を尽くします!
景時さんが必ず望美さんと会えるように、一生懸命頑張りますから、景時さんも力を貸してくださいね?」
花梨のまっすぐな眼差しを受けて、景時は優しく微笑んだ。
「うん。……やっぱり時代は違っても、龍神の神子は人を励ます力に満ちているね」
「え、そ、そうですか?」
「そうですよ、神子殿。あなたは素晴らしい龍神の神子です」
幸鷹にもそう言われて、花梨は真っ赤になる。
「あ! お菓子! お菓子食べに行きましょう! ね?」
照れを隠すため、花梨は二人の白虎の手を引っ張ると、一人小走りに宮に向かった。
景時と幸鷹は、思わず顔を見合わせてからそれを追う。
「幸鷹殿」
「はい?」
「いい子ですね」
「はい。私たちの神子殿ですから」
幸鷹の笑顔を見て、景時もうれしそうに微笑んだ。
「景時殿、先ほどのお話……」
「え?」
「元の世界の知識を生かして何かを作るというお話ですが、私は正直なところ、ためらっていました」
「? ためらう?」
幸鷹の表情が硬くなる。
「私が元の世界で学んでいた学問は、良くも悪くも大変大きな力を生み出すことができます。
それこそ、京を一度に焼き尽くすような武器さえも……」
「!」
景時の表情も引き締まった。
「ですから、完全に封印しようと考えていたのです。
……けれど、景時殿のように、神子殿に小さな喜びを与えるような、そんな使い方もできるのですね。
勉強になりました」
「……どんな力であれ、人を幸せにするためにだけ使えればいいんですけどね」
景時は、自分の銃に目を落としてぽつりとつぶやく。
「……?」
「あ~、俺と違って幸鷹殿は強いから、大丈夫ですよ。きっと花梨ちゃんも喜びます」
「景時殿……?」
「幸鷹さ~ん! 景時さ~ん!」
「はいは~い!」
花梨の声に手を挙げて応えると、景時は何事もなかったかのように歩き出した。
幸鷹も、その後を追う。
南斗宮の開け放たれた扉から、甘い香りが漂ってきた。
「うわあ~、いい匂いだね、譲くん」
「お帰りなさい、景時さん。たくさん焼きましたから、どんどん食べてください」
「お~い、譲、こっちにもよこせよ~」
「兄さんたちの分もちゃんと取り分けてあるよ」
「うわっ、懐かしいな、詩紋」
「本当だ! 天真先輩、イノリくんたちも呼んでくるね」
「幸鷹さん、ほら、マドレーヌですよ! おいしそうでしょう?」
次々とお菓子を勧める花梨に微笑みかけながら、幸鷹は翳りひとつない景時の横顔を視界の隅にとらえた。
『人を幸せにするためにだけ使えればいいんですけどね』
おそらく問い詰めたところで、景時は発言の真意を明かさないだろう。
常に穏やかな表情からは、彼の強い自制心がうかがわれる。
だが、心から平和を求め、神子を大切に思う言葉に、嘘は感じられなかった。
八葉はそれぞれに、重い宿命を負っているのだ……。
(景時殿、いつかあなたの願いが叶うよう、異世界から祈っております)
100年の時を隔てた同じ白虎の幸せを、幸鷹は心から願った。
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