クリスマスの前に ( 1 / 2 )
「譲くん、ちょっといいかな」
譲が有川家のリビングで今夜の献立を考えていると、景時がキッチンからひょいっと顔を出した。
「はい、何ですか? 景時さん」
「廚でこれを見つけちゃったんだけど、何に使うのか教えてもらいたくて」
「ああ……!」
景時が差し出したのは、ずいぶん長いこと使っていなかった調理器具だった。
銀色に光る本体から、いかにも「ここを回してくれ」と言っているようなハンドルが伸びている。
好奇心おう盛な景時が、用途を知りたくなるのも無理はなかった。
「それは料理の道具で……。そうだな、どうせなら今夜の夕食、これで作りましょうか」
「え? これで食事が作れるの? じゃあ、あの『電子れんじ』みたいに加熱したり煮たりする道具なの?」
「いいえ。でも、とてもおいしい料理を作る手伝いをしてくれるんです。景時さん、少し助けてもらってもいいですか?」
「もちろん! っていうより、ぜひオレにもやらせてよ」
* * *
「あら、何だかにぎやかね」
望美と一緒に買い物に出ていた朔がリビングに入ると、キッチンからわいわいと話す声が聞こえた。
「兄上かしら?」
「譲くんもいるみたい」
リビングのテーブルにスーパーの袋を置くと、コートを脱ぎながら2人そろってキッチンを覗く。
「あ!」
「まあ!」
思わず声を上げた朔と望美の顔を見て、景時がうれしそうに笑った。
「あ、二人ともお帰り! 見て見て! すごく面白いでしょ?」
景時がハンドルを回すたび、銀色の調理器具からウネウネと太陽色の平たい物体が出てくる。
「兄上、それはいったい……?」
「譲くん、こんなの持ってたの?」
奥で鍋をかきまわしていた譲が、お玉を置いて顔を出した。
「前に父が会社の忘年会のビンゴで当てたんです。1、2回使ったけど、景時さんが発掘するまで存在を忘れていました」
「パスタマシン……って言うんだっけ?」
望美が少し自信なさげに言う。
「ぱすた……ま?」
「パスタマシン。あえて日本語で言うなら、製麺機……かな」
通じるだろうか、と朔の顔を見ながら譲が説明すると
「ほら、朔、前に譲くんが『麺』料理を作ってくれただろう? あれの生地を作る専用の機械なんだよ」
と、景時が補ってくれた。
環境があまりに違う異世界で、さすがに「そのもの」は作れなかったが、何度かうどんやそばもどきに挑戦したことはある。
「ああ、『麺』ね。見た目は大分違うようだけれど、これも細く切って茹でるのかしら?」
「そうです。このままラザーニャを作ることもできるけど、大人数分をオーブンで料理するのは時間がかかるからな」
「私、ラザーニャも食べたい……」
唐突に、望美がつぶやいた。
「せ、先輩、それはまた今度……」
「私たちが帰ってから、譲殿とゆっくり食べればいいわ、望美」
朔が微笑みながら言う。
「!」
我に返ったように望美が首を左右に振った。
「今のウソ! みんなで食べるパスタが一番だよ!」
「ラザーニャは作り置きができますから、俺が時間を見て作りますよ。何なら、クリスマスパーティのときに出しましょうか」
譲の言葉に思わず顔を上げた望美は、半分泣いたような表情で笑った。
「ふふ、望美は譲殿にはすぐ甘えてしまうのね」
二人を見守っていた朔が言う。
「そんなことないですよ。先輩は何でも自分で抱え込んでしまうから、たまに我がまま言ってくれたほうが安心します」
「私、譲くんには我がまましか言ってない気がする」
望美がいじけたように言うと、譲はにっこり笑った。
「じゃあ、我がまま言ってもらえるのは俺の特権ってことにしておいてください」
「そうだよね〜、うちの女の子たちはみんな健気で我慢強いから。朔だってもっとオレに我がまま言ってもいいんだよ? お兄ちゃんなんだしさ〜」
景時がパスタマシンのハンドルを回しながら歌うように言うと、
「わかりました。では、後ほど箇条書きにしてお届けいたします」
ピシリ!と朔が答えた。
「さ、朔、それは我がままじゃなくて説教……?」
「景時さん、そんなに落ち込まないで」
望美と譲がそれぞれに二人を気遣う。
「お、なんだ、景時、面白いもの引っ張り出したな」
「いったい何の道具だ、それは」
外出から帰宅した青龍の二人が加わり、リビングとキッチンはますますにぎやかになった。
その晩、食卓を飾った景時お手製の二色のフェットチーネは、譲が作ったクリームソース、ミートソースとともに大好評を得たのだった。
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