蒼い流星 ( 1 / 2 )
「なぜ君が来た?」
「サザキの代理だ」
「俺はサザキに来るよう命じたはずだ」
「いないものはいない。不要なら私も帰る」
「…………」
しばらくカリガネの顔を見つめた後、忍人はため息をついた。
「わかった。君が代理を務めてくれることに感謝する」
カリガネは微かに表情を動かした。
天鳥船の楼台。
軍議用の広い卓の前に二人は佇んでいる。
前日に忍人から呼び出しを受けていたサザキは、意図的にか、それとも完全に忘れてしまったのか、朝から姿を消していた。
伝令の足往から事情を聞いたカリガネが、仕方なくこの場所に足を運んだのだ。
ある程度の叱責や非難は覚悟していたが、忍人は腕組みを解くと、あっさりと用件に入っていく。
頑固な軍人……という印象に変わりはない。
だがこの10歳年下の青年からは、不思議な素直さも感じられた。
「内容を説明する」
卓上に広げた竹簡の一点を、忍人が指し示す。
「天鳥船は現在この位置にいる。
できれば今夜のうちに、この場所に移動させたい。
移動経路の安全を最終確認するのが今日の任務だ」
「なぜ動かす」
竹簡に目を落としたまま、カリガネは尋ねた。
「常世の進軍が近いらしく、斥候がこの近辺まで入り込んできている。
発見されるのは時間の問題だ」
「わかった」
忍人は指を滑らせて、別の地点を指し示した。
「主な経路は昨日までに俺と狗奴で点検した。
重要地点には今も兵を配している。だが、ここと」
指が動く。
「ここ。この二カ所は上空からでないと確認できない。
常世にも上空からの移動手段がある場合、兵を配することが可能だからな」
カリガネは目を閉じ、頭の中の記憶を探った。
「もう一カ所……」
そうつぶやくと、竹簡の新たな場所を指す。
「ここにも、可能だ。サザキと一度確認したので、確かだ」
「君たちは、そんなことをしていたのか?」
忍人が、驚きを隠さずに言った。
「日向の民を疎み、害そうとする者は多い。
サザキはいつも、最低限の逃げ道は確保している」
「…………」
しばらく沈黙した後、忍人は口を開いた。
「では合計3カ所。すぐに出発できるか」
「ああ」
* * *
バサリ。バサリ。
大きな翼をゆっくりと羽ばたかせながら、カリガネは地上に降り立った。
天鳥船から少し離れた場所にある高台。
万が一カリガネが追跡されても、船の位置までは悟られないよう、二人はその場所を起点に行動していた。
羽ばたきが止まると、忍人はすぐに歩み寄る。
「ご苦労。敵の姿はあったか?」
「空から見える範囲にはなかったが」
「……が?」
カリガネは忍人が携えてきた竹簡を受け取り、一点を示した。
「この場所に洞窟のようなものがある。
木が繁りすぎて空からは近づけなかった。
地上からこの道を辿って、内部を確認すべきだろう。
伏兵に備えて、二人で向かったほうがいい」
「……あの山か……。なかなかの難所だな」
忍人は遠くそびえる、急峻な峰を見上げた。
「目的地にたどり着くまでかなりの時間がかかる。
そこから戻ってくることを考えると、今夜の船の移動は無理か……」
顎に手を当て、唸るようにつぶやく。
その様子を見て、カリガネは口を開いた。
「近くまでは空から行ける」
「君はな」
「君もだ。私が運ぶ」
「…………何?」
忍人は思わず、カリガネの顔を凝視した。
カリガネは静かな水面のごとき表情で、忍人を見返す。
「……運ぶ? どうやって?」
「サザキが二ノ姫を運ぶように」
「俺は姫とは違う!」
きっぱりと言った忍人の姿を、カリガネは頭のてっぺんからつま先までじいっと見た。
「大丈夫だ。運べる」
忍人175cm、カリガネ182cm。
細身の忍人は、確かに楽に運べそうな体格だった。
「お、俺が言っているのはそういうことではない!」
「短距離なら、後ろから腰だけ支えて運ぶこともできるが、今回は無理だ。
忍人にもつかまってもらわねばならない」
「!!!」
頬を上気させて、虎狼将軍は黙り込んだ。
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