愛しき人の微笑みを

 



京都・下鴨神社の連理の賢木


「鷹通さん!」

「あかねさん。寒い中、わざわざ申し訳ありませんでした」

「ううん、でもどうしたんですか? あの文箱。家に帰ったら届いていたんで驚きました」

「詩紋殿の祖父上がお貸しくださったのです。ホワイトデーなる行事に、私はほかの方のように気のきいたことができませんので」

「そんなこと! すごくうれしかったです。淡萌黄の文に梅の花まで添えられていて……京を思い出しちゃいました」

「ありがとうございます。実は、この糺の森まで来ていただいたのは、これをご一緒に食べられないかと思いまして」

「あ!! 私、大好きです! 出町ふたばの豆餅!! そうか、お店がすぐそばですよね」

「はい。大学の方に教えていただいたのです。ホワイトデーに餅でもよろしかったですか?」

「最高です!!」

「では、温かいお茶を買って、ベンチでいただきましょう」

「あ、鷹通さん! あ、あの~、お手紙に添えられていた歌の意味……教えてもらってもいいですか?」

「あ、こほん、は、はい。で、では後ほど」

「はい! 楽しみです!!」



君ならで 誰にか見せむ 梅の花 色をも香かをも 知る人ぞ知る

(あなた以外に誰にこの梅の花を見せようか、この色も香りも私たちだけのものにしておきましょう)



* * *



東京・待ち合わせのカフェ


「わあ、きれいなブーケですね。ミモザ…ですか?」

「はい。荷物になって申し訳ありませんが」

「あ、ありがとうございます。すごくうれしいです」

「イタリアでは3月8日が『女性の日』という祭りだそうです。母親や同僚も含めて、男性が女性への感謝を込めてミモザの花を贈るのだとか」

「へえ~、少しホワイトデーに似てるのかな?」

「そうですね。それで、そのホワイトデーの贈り物なのですが」

「え?! このブーケじゃないんですか?」

「はい。残念ながらここではお渡しできないので、週末に伊豆までおつきあいいただけますか?」

「伊豆……ですか?」

「早咲きの河津桜が満開だそうです。ソメイヨシノよりもピンク色が濃い、愛らしい花ですよ」

「うわあ」

「そして、ご一緒にイチゴ狩りをしたいと思っています」

「え?! キャー! 
イチゴ狩りって食べ放題ですよね! 
うれしい! 本当ですか? 
どうしよう、今から食事減らそうかな! 
ものすごく楽しみ~!!」


「……リアクションが……格別ですね」

「あ…!! す、すみません!!」

「いいえ、喜んでいただけてよかったです。お土産にも買って帰りましょうね」

「幸鷹さん大好き~っ!!」

「……ちょっと複雑です(笑)」



* * *



鎌倉・有川家へ向かう道


「え? ホワイトデーのお返し、焼きいもなの? 珍しいね」

「親戚が安納芋というのを送ってくれて、俺が何か作ろうとしたら、兄さんが『こういうのはそのまま焼くのが一番うまいんだ』って」

「へえ~、じゃあ今、将臣くんが焼いてくれてるんだ」

「部活終わったら先輩を誘って帰って来いって言われたんですが…って、兄さん?!」

「おう、譲、望美、意外と早かったな」

「わ! 焚き火だ! 本格的だね、将臣くん」

「石焼いもにするって言ってたのに、何で焚き火なんだよ」

「これにはいろいろと悲しい物語があってな……」

「!! 先輩、俺、ちょっと家の中に行ってきます!」

「? 石焼いもって焼きいもと違うの?」

「直火じゃなくて焼いた石に埋めて加熱するんだ。甘みが出てうまいんだが、どんな石でもいいわけじゃなくてな」

「兄さん! 土鍋っ!!」

「鍋に入れて加熱すると、ときどき破裂する石とかがあって」

「真っ二つじゃないか~っ!!」

「ということも起きる」

「あらら……」

「すみません、先輩。石焼きいも専用の石、買うと思ってたんで」

「ううん、こうやってみんなで焚き火するのも楽しいよ! 熊野を思い出しちゃう」

「さすが望美。わかってるじゃねえか」

「大丈夫、将臣くんに名誉挽回のチャンスもあげるから! 来週、石焼いもリベンジね」

「なに?」

「土鍋も買えよ、兄さん」

「お前ら、ホワイトデーどんだけひきずる気だ!」

「石焼いもがちゃんと食べられるまでに決まってるじゃない!」

「あ~……やっぱ怒ってますね、先輩」

「……こわ」



* * *



橿原・千尋の私室


「千尋!」

「忍人さん! お帰りなさい!! 遠征大変でしたね。日程が延びたから心配しました」

「天候が悪くて兵たちの移動に時間がかかった。ほかに特に問題はない。それより」

「よかった。忍人さんもみんなも無事で」

「その……日が過ぎてしまってすまない。適当なものを調達することもできず……」

「? 何のことですか?」

「14日に、君のそばにいることすらできなかった」

「! え? ま、まさかホワイトデー?!」

「なぜ『まさか』なんだ」

「だって……」

「なぜそんなに笑う?」

「忍人さん、ものすごく深刻な顔で言うんだもの! どうしよう、涙出てきちゃった」

「千尋、俺には今の君が理解不能だ」

「きっと去年、みんなにいろいろ吹き込まれすぎたんですね。大丈夫ですよ。気にする必要ないです」

「しかし……君からは菓子をもらった。今の俺にとても3倍返しは……」

「じゃあ、私のお願いを3つ聞いてください。それを贈り物にしてくれればいいです」

「願い? たとえば?」

「え~と、1つめは……『無言にならないこと』!」

「!?」

「忍人さん、いろいろ思ってるのに無言になること多いじゃないですか。今日はそれを禁止します」

「…………」

「はい、それ! それが禁止です」

「……俺に柊みたいにベラベラまくしたてろと言うのか」

「余計なことまで言う必要はないですよ。思ったことだけでいいです」

「……今からでも贈り物を調達に行きたくなった」

「あとの2つは何にしようかな~」

「……やはり調達に」

「『私といるときはずっと笑顔』!」

「風早でもカリガネでもいい! 
俺を助けろーっ!!









愛しい人の笑顔を見るために頑張る男性も、その頑張りに感激する女の子も、どちらも幸せなホワイトデーを過ごせますように。









 

 
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