First & Last ( 1 / 2 )

 


「道が間違っていたら、また分かれ道まで戻ればいいんです」

「そう言うのを無駄足って言うんじゃないか?」

「私は無駄だとは思いません。間違ってたってわかるだけでも意味はあると思います」

「…………」

いつもの強引さで、休日、柚木に引っ張ってこられた洋館。

その庭の小道をたどりながら、香穂子はそんな会話をしていた。




理由は分からないが、完ぺきな優等生の仮面を自分の前でだけ外す柚木。

最初はあまりのギャップの激しさに、口をきくことさえできなくなった。

その香穂子の動揺を楽しむかのように、二人だけの機会を狙って、傲慢で残酷な仕打ちを重ねてくる。

なぜ自分だけが……と恨んだこともあったが、最近では素顔の柚木と普通に会話できるようになってきた。

そして、我が強く皮肉屋の彼も、それほど悪くないと思い始めている。




棘だらけの言葉は、最初こそ香穂子を傷つけたものの、ある程度受け流したり、打ち返したりできるようになった今では、会話のスパイスに変わりつつある。

容姿端麗眉目秀麗の絵に描いたような王子様と、こんなにズバズバと本音をぶつけあえるのは愉快な体験と言えるだろう。




だが、彼がときおり無言になり、瞳に深い闇をたたえると、香穂子は発すべき言葉を失ってしまう。

その内面の苦悩を、共有することができない。

本人が思っている以上に、哀しさとつらさを映し出す漆黒の瞳を、そっと横から見守るだけだった。




以前、彼の家を訪問した際の、彼と祖母との会話を思い出す。

全身に緊張をみなぎらせ、それでもコンクールの参加者たちをかばおうとしていた。

あれが彼の日常で、これからも生きていかなければならない世界なのだとしたら、瞳に影が落ちるのは当然だろう。

それでもやりきれなさから来る、吐き捨てるような言葉を聞くのはつらかった。




「私は無駄だとは思いません。間違ってたってわかるだけでも意味はあると思います」

「……たまには、いいことを言うな」

「『たまには』はよけいです」

はははと、声を出して笑った後、すっと香穂子の頭を引き付けて前髪に唇で触れる。

「キャッ!!」

「いいことを言ったご褒美」

「や、やめてください、急に!」

真っ赤になった香穂子を口の端を上げて見つめ、

「おやおや、こんな程度で赤くなるなら、こうされたらどうするんだ?」

と、ぐいっと顎を持ち上げて顔を近づけた。

「!?」




「……!」

唇が触れそうになった瞬間、柚木の顔にふっと驚きが走る。

絶体絶命でギュッと目をつぶり、涙を浮かべていた香穂子は、彼が遠ざかる気配を感じた。

身体を強ばらせたまま、そっと目を開けてみる。

少し離れたところに、柚木の背中。

「……先…輩…?」

「……冗談だよ。嫌がる相手に無理強いするほど不自由はしていない」

背中を向けたまま、片手を上げて柚木が言う。

「どうせおまえも『ファースト・キスは好きな人とじゃなきゃ嫌』とか、決めてる口だろう? くだらない」




カッと頭に血が上って、香穂子は言い返す。

「どうしてくだらないんですか?! キスは好きな人としたいに決まってるでしょ?」

「好きとか嫌いとか、そんなのは一時的な感情だろう。大騒ぎするだけ馬鹿馬鹿しい」

「先輩は……嘘を言ってます!」

先に歩き出そうとしていた柚木の脚がピタリと止まり、刺すような冷ややかな目がゆっくりと振り返った。

「……何だと…?…」

「……!」




多分少し前なら、こんな視線を浴びただけで言葉を失っていただろう。

だが今の香穂子は、怯まなかった。

「先輩は、音楽への情熱とか将来の夢とか、好きとか嫌いとか、そんなものをくだらない、意味がない、長続きしないってよく言うけど、本当はそういうものに憧れてるんじゃないんですか?! とっても大切に思ってるんじゃないですか?! 追いかけたくてたまらないんじゃないんですか?!」

「黙れ!」

見る者を凍らせるような眼差しで、大股にこちらに近づいてくる。

「だって、先輩は笑っている時でも心が泣いているもの! 悲鳴を上げているもの! 私にはそれが聞こえ…」

「黙れと言っているだろう!!」

「!!」